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元ビバスマ店長、IGP代表

スポーツバー経営18年、現在は建築でIGP代表取締役です。
岩澤利樹というものの独り言です

やはり全国にこのスポーツバーという認知度をあげたのは2002年に行われたサッカーワールドカップKOREA、JAPANだと言えるでしょう


思えばそれから日本はワールドカップ出場は当たり前と言われるようにもなってそのころから日本人は世界で通用する選手が色々なスポーツにおいてわいたときですね


スポーツバーのイメージがサッカーというのもこういった歴史があります

サッカーはルールが比較的簡単にできています


プロサッカー選手は主に世界では学歴が低い選手が多くどの人でも可能性を与える意味で人気があるスポーツです

日本は世界では高学歴選手ばかりと言われるほどです



そのためルールを知らなくても何となく楽しめるというのも魅力なので観戦で盛り上がることもできます


ただナショナリズムも強く宣伝したせいか少々日本では楽しむというより真剣にというのがちょっと強いかも



スポーツバーにとっては楽しんで飲食してもらってというのがあるのですが真剣さやずっと動いているので見入ってしまうことも多く単価上がらないといった現象もありました



そのためクラブみたいなノリでやるか単価を上げてしまうかみたいなやり方に偏りできてはつぶれの多くなる店もありました


コアすぎてもダメでしたね



お祭り気分で見るくらいがちょうどよいかもしれません



ただこのワールドカップが与えたときはまさに社会現象



ビバスマでも大いに盛り上がり当時は最高記録更新の連日でした


今思えばこの時からがブームでありバブルの到来でしたね
スポーツバーの認知度も上がりピークを越えた後
ビバスマではお客さんとスタッフで交流を深めたほうが良いとして飲み会を開いたりもしました


そして店長である僕が毎年墓参りで伊東市に行くこともあり


当時は常連さんとスタッフで温泉一泊ツアーもしました



夏で海があり旅館で温泉と海鮮料理がありました


みんな楽しんでも暮れて一人1万円で交通費、宿泊代、食事代、遊びすべて込でやりました


年々人数も増えてみんな期待が大きくなりグレードアップに



幹事として低予算での良いところを探すのに苦労したことも



でもそれにより交流が深まり色々な方がそれぞれ出会い友達になりビバスマはアットホームな店となっていきました


時には多少のトラブルもありましたが僕としてもみんなにとっても最高の思い出ができたと思います



全部で16回も開催し今でもよい思い出となっております



みんなで出かけることもあるしまたスタッフも店ではないので同じ感じで



元スタッフの愛ちゃんなんかは誕生日も重なりケーキを顔面パイで受けるなど


とても盛り上がりました



のちにそれが野球も通じるようになり


現在も活動中のビバスマ野球部が誕生していくことになります




続く
ワールドカップやPRIDEなど日本人選手や開催などでスポーツ全般が異常なほど人気がありスポーツバーの知名度も抜群に上がりました

一気にスポーツバーが増えたのもこの時期からです


ボクシングの亀田も出てきて中田の活躍からセリエAなどで海外のサッカーも人気が出てきましたからね


ただ分岐点となったのはこの2006年でした


まずは最初にトリノ五輪があり日本人選手のメダルへの期待も強かった

結果はフィギュアで荒川静香一人だけで終わりました


3月低迷していたプロ野球でWBCが開催され日本が優勝世界一となり野球人気が出ます


その後は6月にサッカーワールドカップでジーコJAPANで期待が高かったがグループリーグ敗退という結果に


その後世界バスケが日本で開催も日本は全敗


PRIDEはなんとUFCとの対戦で惨敗し消滅

K-1では石井館長の脱税などで人気低迷


バレーも負けなんと暑かったはずの日本スポーツ界で残念な結果が出ました


この時期待したものは裏切られ期待してなかったWBCで侍JAPANが世界一となったわけです



これを機にスポーツイベントが下降線に入ります



僕はその時まだ浮上すると思ってましたが今思えばその時がバブルだったかもしれませんね


ビバスマは継続できてましたがよそではスポーツバーはできてはつぶれていき


チェーン店舗ばかりのスポーツバーだらけになりました



世間では不景気と言われていたわけですがスポーツバーには関係なかったのですがバブルがはじめまた歌舞伎町の条例も厳しくなった時でした



そしてのちに大きな波がやってくることになるのをその時は思いませんでした



続く