「例幣使」とは、
朝廷がつかわした、伊勢神宮の神前に捧げ物をもっていく使者のことである。
江戸時代朝廷は、徳川家康の法要のため日光東照宮にも同じように勅使を派遣した。
恒例となったこの派遣のため、京から中山道を通り、
倉賀野宿より日光に至るまでの道を整備した。
復路は日光道から江戸に入り、東海道を使って帰京した。
春の東照宮例祭に合わせ、勅使が通る道のことを「日光例幣使道」とよんだ。
伊勢崎を通るかつての例幣使道は、
現在の市南部を通る国道354号と多くの部分で重なっていて、
市内には現在でも、往時を偲ばせる名所が点在している。
なお、例幣使は京を4月1日に出発、15日に日光に到着した。
1647年から1867年の221年間、一度も中断することがなかった。
