自分のことを自分でやること。
準備、片付け、生理整頓、トレーニング、コンディショニング…

今まではほとんど全て大人が用意してくれていただろう数々のこと。

考えてほしい。
夢を描き、そこを目指すのは誰か。
自分のことだから可能な限り自分でやらないと。

用意されたことをやっているだけでは到底辿り着けない。

少しずつの変化を期待している。
一言で変われる選手がいる。
20数人のうちのわずか、2人程度の今。

どんなことを観察し、気づき、行動に移せるか。
アンテナは広域に、感度高くしていないと。



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少し空気が変わった。
集まることへの楽しさではなく、扱うことへの楽しさが出ていた。
やってみて、やってみて、やってみて・・・できた!という感覚を大切に。

無理だと思ったから止めた。
気持ちはプレーに出ている。
些細なことも諦めるという選択はない。
些細なことの積み重ねが大局に繋がる。

やっていく課程に「出来なくても仕方がない」はない。
やった結果「こうなったから仕方がない」と切り替えて再チャレンジ。



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目指すものはどんなものでもかまわない。
目指すところは少なからず体感してきている。

要は、目指すところを見失わないことと、目刺すための方法であり、手段。

目指すものは漠然としていてもいいが、方法はそうではいけない。
そうなるために今やらないといけないことは何か。
土台、基礎がなければ良いものは出来上がらない。


観る習慣不足。
パス&ムーブの習慣不足。
簡単なことを簡単に。
難しいことを簡単に。

間を作る。
間を取る、使う。
失わないながら、仕掛ける。

遊びを出すまでに時間かかりすぎ。
走りきることの重要性。
最後のセカンドポストOK。

チャレンジ&カバーの徹底。
アプローチ強く。そこからの更に制限(離れない&粘り)。
ムーブへの対応(ブロック)。




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小さい頃、小学校中学年~高学年の頃など、特に休みの日なんかは朝から日が暮れるまで、外でいろんなことをして遊んだ。
走り回ったり、野球もしたり、サッカーもしたり、1日中やってても疲れなかった。

一番楽しい時間だから疲れなかった。
自分達で工夫したり、考えたり、新しい発想がたくさん湧いてきて、良いものもあれば全然ダメなものもあって、その中からさらに楽しめるものを選んでいった。
時間が経つのも忘れていた。

競技を始めると、楽しいところから何かに勝つことや言われたことをやるのに、プレッシャーや緊張や辛さが入ってきて楽しいと思えることがどこなのかを見失うことがあった。
ネガティブになることもあった。

一番楽しい遊びという感覚は失いたくない。
遊びだからアイディアもたくさん湧いてくる。
こんな風にしたら、こんなことができたら楽しいだろうなというものを常に持ち続けたい。
苦しいところを乗り越えることももちろん重要。

一番の遊びを誰より楽しむためにとか、これができるようになったらもっと楽しめるとか、そんな思考になりたい。

誰のためでなく、誰がでもなく、自分自身が一番それで楽しみたいのだから。

楽しみを追求したら、それができた自分と現状に満足できないはず。
うまく遊べなかったら悔しいはず。


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試合。
チームがどんな結果だったか?
その勝ちに本当に価値があったのか。

観られているのは個人として何にチャレンジして何を得たのか。
居ても居なくても変わらないような存在、プレーだとしたら君個人はどうなのか?

結果に支障がないから今のままでいいなら先はない。

成功も、あるいは失敗も得られるチャレンジをしないと。

何度も試みて得られるものがある。
スピード、タッチ、感覚、肌で覚えないと。
無謀に見えるチャレンジができる場がある。

それがなくなる前に身に付け、沁み込ませたい。



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