『高堂巓古 Officia Blog』 -36ページ目

軀の生成意味論 その四十一

 スペイン人というのは眺めていてたしかな方がおおい。軀にはリズムがあり、それが自分の意志から生まれたものではないのだ。幼き頃から馬が生活の一部にあるため、蹄のリズムが骨盤に刻みこまれているわけである。もはや、


生粋のケンタウロス


と云っても過言ではない。以前にも申しあげたけれども、人が何かをやろうとするとき、まず胸が縮む。肋骨がかたまる。傍らの人の脇腹を触れられるとよい。なんら動きがないのに、動こうと意志が働いた瞬間に胸は反応し、こちらに伝わってくるのだ。これではケンタウロスになれない。

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 日本人において、本人以前のリズムというのはなんであったのだろうか。無論、近代日本人はそれを失っており、等しく衒いのある不自然なリズムしか発せられていない。それとなく目星はついているのだが、いまいち自信がまだないので現時点では伏せておく。日本人はケンタウロスになれないのか?そもそもなりたくないという声もおおく訊かれそうだけれども、腹横筋(腹筋の深層筋)をスクロール&シェイクする感覚が芽生えれば、もはやそれは和製ケンタウロスと云っても許されるに違いない。