出産レポ【出産〜搬送】 | アラサー主婦のひとりごと。

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体外受精の記録など綴っております(σ*´∀`*)σ

2015年7月入籍
2017年7月体外受精→陽性判定
♡2018年3月30日男の子出産♡
2020年2月体外受精→陽性判定

こんにちはニコニコ
前回の出産レポ【入院〜出産】の続きになりますパー


星3/30星
20:44元気な男の子を出産
無痛分娩・吸引分娩だったため不安がありましたが、元気な泣き声、そして助産師さんの「元気ですよ〜」の一言に安心
最初にママに抱いてもらう、ということですぐに胸の中へ
なんとも言えぬ幸福感と感動がありました…
立ち会ってくれていた旦那さんと母親と一緒に記念撮影
助産師さんが携帯やデジカメで撮ってくれました
そして綺麗にするため一時赤ちゃんを預け、綺麗になってまた戻ってきてくれました
お目目ぱっちりでかわいい…
そうこうしている間もお股はおっぴろげ
先生がずっとお腹をむにむに
胎盤を出そうとしているみたいですが、なかなか出てこず苦戦
その間再び記念撮影タイム
記念撮影も落ち着いた頃やっと胎盤が出てくる感覚がありました
そして残っている胎盤もお腹むにむにで出していたのですが、違和感が…
あれ…これ貧血の症状だ…
昔何度か貧血で倒れたことがあるので感覚には慣れており、やばいやつだと認識
あ、これやばいかも、やばいです
血圧は定期的に測ってくれていたので言わなくても気付いてもらえたかもでしたが、意識がなくなるのが怖いのでとりあえず自己申告
そこから提携先の大きい病院に連絡するためバタバタ
しかし、いつの間にか切られていた会陰は縫われてゆく
痛い
視界は白いモヤが掛かり出す
耳もぼんやりしか聞こえない状態
でも意識はなんとか保てていたので、たまに先生や助産師さんからの問いかけに答えつつ、縫合されている痛みの訴えもしつつ
その間中ずっと旦那さんが話し掛けてくれていましたが訳分からなかったのでスルー
後から聞くと本人も訳分かってなかったようです
覚えているのは、心配する声ではなく、感謝の言葉と楽しい言葉をひたすら言ってくれていたということ
何言ってんだコイツ今そんなんに対応する余裕ねーよ」とか軽く思ってたりもしましたが、今考えればそれがとてもありがたかったです
そうこうしている間に縫い終わり救急車も来たので担架で運ばれ救急車に初乗車
旦那さんと先生が同乗
大きな病院に到着
運ばれながら先生に「また戻れますか?戻りたいです」と訴える
先生優しく「うんうん、元気に回復できて戻って来れそうならね、待ってますね
先生〜〜〜〜〜
私は救急治療室のような場所に運ばれ輸血
そして折角先生に縫合してもらったところを全て解かれ最初から縫合し直され激痛で暴れる
足を固定され麻酔をされ縫合
激痛
出血の原因を探るために必要だったそうですが、もうひたすら痛くて
さっき縫ってくれたのでいいやん!出産めっちゃ痛かったのにまた痛い!嫌や!まだ終わらんの!?痛い!」と心の中で文句
実際には「まだですか!?痛い〜あとどれくらいですか〜!?痛い痛い〜」と少し控えめにアピール
そして「前の産院さんに戻れますか?」と質問
回復して退院できる頃には…う〜ん、難しいですね
希望が断たれました


星3/31星
ひと段落する頃には日付をまたいでいたようです
出血量や内診の結果も問題ないことを確認され、病室に運ばれることに
ベッドのまま病院に運ばれて部屋に行くと旦那さんが待ってくれていました
両親は救急車の後で追い掛けてきてくれ待っていてくれたらしいのですが、全然中にすら入れてもらえない状態が続いたので旦那さんに任せ帰宅することに
いっぱい心配を掛けました…
部屋に戻った時点で既に夜中の1時過ぎ
後から知ったのですが、この部屋、ICUでした
少しなら口に入れてもOKだと先生から許可をいただいたので旦那さんに近くのコンビニで食べられそうなものと飲み物を買って来てもらう
プリン美味しい
ポカリ美味しい
旦那さんに食べさせてもらい、落ち着いたので旦那さん帰宅
その後もずっと定期的に血圧など測定のため結局眠れず
搬送された時にした血液検査の結果、通常12以上ないとダメなヘモグロビンの値(妊娠前約11.5、妊娠後期10.1)が5.6にまで下がってしまっていました
4/4現在8.4まで回復
命があって本当に良かったとしみじみ


出産〜搬送された際の流れはこんな感じでしたキョロキョロ

既に出産レポではなくなっている気もしますが、もう少し続きますヒヨコ