夫婦が毎日顔を付き合わせていると、空気のような存在の所為か、相手の健康度が把握できなくなる。お互いに健康だから、そんなことに目が向かないのが普通だと想う。・・・健康夫婦は寧ろそれが自然です。
乳がんになってから、無事に3年が経過した頃から妻が示す小さな変化を放っておいてはいけない、と感じるようになった。
そして、検査は大切だと思い、術後3年半経った頃から精査が始まった。
妻は 「検査ずくめにして、あたしを苦しめる嫌な奴」 と感じていたと思います。
やはり、乳がんの転移が見つかり、治療、転移、そして治療、また転移、と、その経過はブログにも書いてきました。
がん患者にとって、検査を受けるのは、謂れのない裁判に掛けられて無罪判決が下るのを祈っているようなものですからね。(放置して手遅れにしないために必要だったのだ・・・。勘弁して頂戴!) と、心の中で私はそう思っています。
背中の激痛を訴えて、7月17日に胸椎6番の圧迫骨折と診断されて以来、妻の家事労働は制限された。
痛みで外へ出られない状態では、鎮痛剤で痛みを耐え、骨の再生を狙った栄養補給、そして、ガンに負けない栄養療法、そして、一日中じっと大人しくしていること。(←これが妻には一番の苦痛だったかもしれない。)
この4つを40日間続けてきた。一週間、二週間と経つうちに痛みは引き始めて、ひと月が経った頃には、歩き方もスムーズになり始めた。
悪い兆候を見つけるばかりではなく、日常の動作が正常に戻りつつあることを発見するのも、大切な観察だと思っています。それを妻に伝えると、「動けるようになったでしょ?」 と、確認するように喜ぶことで、尚更、妻は癒えている気がする。
8/26は、山形から通ってこられる糖尿病の方の診察に立ち会うために、会員制クリニックに行ってきた。
ドクターは、奥さんの様子はどう? と訊いてきた。痛みはあるものの、家事労働が徐々にできるようになったこと、歩行も自然な姿勢で歩けること、等々を伝えて、鎮痛薬の処方箋を頂いてきた。
東京からの帰り、蓮田のSAで一休みしていると、クリニックの看護師さんから電話があった。
「奥さんどうですか? クリニックでは時間が取れずに話もできなかった。ところで、そろそろビタミンC点滴始められますか? あまり痛むようでしたら無理されない方が良いと思いますが・・・。」
「ドクターとの話で、家に帰ったら妻に聞いてみます。始めたいと言ったら、ご連絡申し上げます。」 と、お話しました。看護師さんにも、その結果をお知らせしますね、と云う事で、電話を切った。
ドクターも看護師さんも妻を心配してくださる。ありがたいことです。
妻は、9月1日からビタミンC点滴を始めたいと云う。心が前を向いています。
今日8月27日の夕方、もっと前を向いた言葉を発した。
「あたし、今日はビールを飲んでみるかな・・・。」
「おおぉぉ 飲みな!」
まる40日絶っていたビールです。7/17にビールを飲んだときは、激痛に見舞われて、「病気が酷くなった所為じゃないよ! アルコールで炎症が起きたのだ。安心しなさいよ。でも、しばらく飲まないで!」 と言ってあった。
自ら、ビールを飲みたいと思うようになったのは、体調の回復を感じているからだろう。
350mlの缶ビール、美味しそうに飲んでいました♪
ちょっと「ぼそっ」と小声で
晩酌しながら「月末になって、仕事の入金が遅れているので、預金を崩すよ。」
と言うと、「あんまりお金を使わないでよ! 老後、惨めな生活したくないから・・・」
そうか、私はムッとしながらも、へぇ~ 長生きできる自信が湧いてきたのだな・・・と、少し嬉しくなってきた♪