現代のイタリアにいて、永遠にいいものはなにかを調べても、イタリアの事を知ろうとしてイタリアで発行されている本を読んでも、進歩した社会と思われていることがユリウス・カエサルの時代から始まっていたのがわかる。日本では、かの塩野七生さんの「ローマ人の物語」が、あまりにも詳しく書かれている。その辺のイタリア人はもちろん、イタリアで発行されている古代ローマ関係の本も舌を巻くほどの内容の濃さで、この作家が、日本人であったことは、日本人にとってたいへん幸福なことだったとも言える。

皇帝

 ユリウス・カエサルについては知れば知るほど感心する。彼は40代に入ってやっと政界で活躍を始める。それまでのカエサルは、女たらしばかりしていたのだ。しかも、お堅い元老院の人妻にばかり手を出して、その時期600人と言われた元老院議員の3分の1の妻たちと、しかも公認で愛人関係を持っていたそうだ。

 今から2000年以上前、キリスト教到来前の古代世界のモラルは今と違い、政略結婚は、当たり前で、しかも、結婚は永遠とされていなかった。現代になってこそ、バツ一、バツ二だと言っているが、古代では誰も疑いなく結婚と離婚を繰り返していたと言う時代だから、その方がおおらかで、古代に戻ったのかもしれない。

 ローマ時代の女性たち

 さて、カエサルと言う人は、こういう面ではたいへんおおらかな人で、プレイボーイだったのは、お目当ての女性に高価な贈り物をしたからだが、そのお陰で天文学的な借金をもっていた。その借金を悪とは考えなかっただけでなく、3党政治の一角であったクラッススへの借金を逆に利用した。クラッススは、ローマ一の金持ちで、カエサルの借金を返済してもらうためには、カエサルを出世させてもらおうと手を貸さざるを得ないと言う方法で逆に利用した。このマイナスと思われる要素をプラスに換える発想と、その信念には恐れ入るが、やっぱ真似できない。


 彼の人生において、人の心を動かす言葉の選び方、有効なシステムを考えつく発想、これが彼の天才である。


 カエサルはローマの皇帝にはならなかった。初代皇帝はカエサルが遺言書で後任に選んだオクタヴィアヌスで、のちにアウグストゥスと呼ばれる人物だ。


 この時代は、戦争に勝たせてくれる最高司令官であることも政界で出世する手段でもあった。彼は文才にも長けていて有名な「ガリア戦記」を元老院への報告書として書いたのが、当時でも読み物として発行されたのだが、当時ガリアと呼ばれた地方が今のフランス、スイス、ベルギーあたりで、ライン河から東にはゲルマン人が住んでいた。当時ローマは新興国で、当方のアジアやアレクサンダー大王が征服したギリシア世界が文明の中心で、アルプスの北の民族は「蛮族」と呼ばれていた。彼の書は、ただの戦記にとどまらず、ガリア人、ゲルマン人、ブリタニア人の風俗や習性などを知る知性高きものだった。これらの民族と戦いながら、また平和をもたらして、それまでローマの派遣の北側が欠けていたのに、ガリアを征服してこそ、イタリア半島の周りをすべて統治した帝国を作り上げた。

レギオン 軽装歩兵

 現代の世界地図を見ると、カエサルの時代の先進国は、もっぱら観光だけが資源のような国々に転落し、カエサルが征服したガリア、ローマ人として始めて上陸し、ローマ人の強さと技術力を見せつけたブリタニア、ライン河にパフォーマンスとして技術力を屈指して、木の杭を川底に打ち込み橋を作ってゲルマン人を驚かせたりしてカエサルが文明をもたらしたこれらの国々が、現代の先進国になった。

 つまりカエサルを機会に世界が変わったのである。

 elmo

 これらの戦いは、派手でわかりやすさから有名ではあるが、カエサルの才能は、戦争中でもそうだったが、政治であり、彼は将軍である前に偉大な政治家であった。

 

 現代の政治は、本当につまらないし、皆が政治への関心をなくし、政治家が好き勝手をやっている。

 現代カエサルのような政治家が現れたら世界をもっとよくなるだろう。


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