3年間ほんとに楽しかった。
中学とは比べものにならんくらい
楽しかった。
出会った人はみんなすごくいい人ばかりで
幸せやった。
時には泣いてばかりの時期もあったけど
そんなときにも友達が支えてくれた。
特に3年のクラスは
みんな仲良くてケンカも全然なくて
楽しかったなぁ。
一番素の自分でおれるクラスやった。
一年のときには
学校の雰囲気に慣れるのに必死で
周りなんか全然見えなかったけど
それでも一年の一番初めの行事のドリームキャンプで
筑紫の文武両道の精神を叩き込まれて
きつい思いもしたけど
それが今の私の中にも生きてる。
今となってはいい思い出。
二年になってだんだん周りが見えるようになってきて
初めて筑紫祭(文化祭)で
クラス企画をした。
当時文化委員やった私やけど
初めてのことづくしで右も左も分からんで
クラスのみんなには
沢山迷惑を掛けた。
そのときもクラスのみんなが支えてくれて
ほんとに助かった。
ほんとにありがとう、そして力足らずでごめんなさい。
クラスマッチのときもキャプテンしたけど
なんかこんなのが
キャプテンでごめんなさいやったなぁ(笑)
でもありがとう、楽しかった。
修学旅行で富士登山したときに見た
満天の星空は
一生忘れられん。
地球にはこんな素晴らしいものがあるんやなあって
感動した。
いろいろな植物に触れて
空気もおいしくて
充実してた。
ディズニーランドも楽しかったなぁ☆
まさに夢の国でした。
また行きたいな。
二年では恋愛面でもいろんな経験をしたな。
チキンやから告白とか自分からしたことないけど
告白されて付き合って
高校生らしく制服で遊んだりもしたし
いい経験ができてよかったなあって思う。
三年は挫折を味わった年やった。
勉強が辛くて仕方なかったし(それは今も変わらんけど)、
何度挑戦しても志望校に
受からないという悔しさ。
でも薬剤師の夢は諦めたくなかった。
薬学部を設置している大学は
福岡は元々少なくて
どうしても倍率が高くなる。
受かるだけのことを考えると
ないわけでもないけど
薬剤師には国家資格が必要。
それなりに実習環境が整っていないといけないし
国家試験の合格率が低い大学は
行っても意味がない。
だけど広島の大学と宮崎の大学を受けるときは
随分悩んだ。
私はBlue Roseのボーカリストだから。
代わりがいないから。
でも浪人するわけにもいかんかった。
親が高齢出産だったから
大学在学中に定年退職を迎えてしまう。
私大の薬学部の学費は年間約200万。
私にはそんな額を払えるほどの
財力はない。
アルバイトをしても返すのは大変だろうけど
奨学金とか利用して
大学早く卒業して
稼いで
金持ちになる。
軽く野望やけど実現する。
話を戻そう。
三年では歌舞伎も鑑賞したな。
日本の伝統文化に触れて
日本ってすげえと思った。
きらびやかで
美しかった。
筑紫祭ではたった二日で
装飾を仕上げた。
達成感ハンパなかった。
見てくれた人の
「すごい」って言葉が
本当に嬉しかった。
元々絵描くのが好きだから
きつかったけど間に合ってよかったーって思った(笑)
うちのドラマー華憐ちゃんも見に来てくれました。
嬉しかった☆
それと体育大会。
私はフィナーレ鼓手をしました。
毎日遅くまで残って練習。
時には辺りが暗くなるまで
練習したこともあったなぁ。
でもフィナーレ鼓手を通して
友達も増えたし、
何より汗を流すのが気持ちよかった!!
曲が完成したときは
嬉しくて嬉しくて。
みんな
「つかちゃんお疲れ様ー!!かっこよかったよ!!」
って言ってくれて
やってよかったーって思った。
何より鼓手に憧れてたからね。
決まったときはびっくりしたけど
頑張ろう!!って思った。
三年のクラスマッチではまたしてもキャプテン。
でもチームを準優勝に導けました。
決勝で負けたときは
悔しくて泣いてしまったけど
みんなの
「つかちゃんありがとー!!」
って言葉に感動しました。
でもお互い受験生だから勉強もしなくちゃいけなくて。
そんなときもお互い励まし合いながら
頑張ってきたよね。
振り返ったらいい思い出ばかり。
卒業するのが惜しい。
まだまだやり残したことが
沢山ある気がするのに。
でもいつか巣立たなければならないときが来るわけで。
前を向いて進まなきゃね。
筑紫に来て本当によかった。
先生方、先輩方、後輩のみんな、友達、私に関わってくれた全ての人達、
今までありがとうございました。
創造、敬愛、剛健。
この3つを貫き通してね。
先輩方がそうであったように。
私も筑紫生として誇りを持って
これからも頑張ります。
中学とは比べものにならんくらい
楽しかった。
出会った人はみんなすごくいい人ばかりで
幸せやった。
時には泣いてばかりの時期もあったけど
そんなときにも友達が支えてくれた。
特に3年のクラスは
みんな仲良くてケンカも全然なくて
楽しかったなぁ。
一番素の自分でおれるクラスやった。
一年のときには
学校の雰囲気に慣れるのに必死で
周りなんか全然見えなかったけど
それでも一年の一番初めの行事のドリームキャンプで
筑紫の文武両道の精神を叩き込まれて
きつい思いもしたけど
それが今の私の中にも生きてる。
今となってはいい思い出。
二年になってだんだん周りが見えるようになってきて
初めて筑紫祭(文化祭)で
クラス企画をした。
当時文化委員やった私やけど
初めてのことづくしで右も左も分からんで
クラスのみんなには
沢山迷惑を掛けた。
そのときもクラスのみんなが支えてくれて
ほんとに助かった。
ほんとにありがとう、そして力足らずでごめんなさい。
クラスマッチのときもキャプテンしたけど
なんかこんなのが
キャプテンでごめんなさいやったなぁ(笑)
でもありがとう、楽しかった。
修学旅行で富士登山したときに見た
満天の星空は
一生忘れられん。
地球にはこんな素晴らしいものがあるんやなあって
感動した。
いろいろな植物に触れて
空気もおいしくて
充実してた。
ディズニーランドも楽しかったなぁ☆
まさに夢の国でした。
また行きたいな。
二年では恋愛面でもいろんな経験をしたな。
チキンやから告白とか自分からしたことないけど
告白されて付き合って
高校生らしく制服で遊んだりもしたし
いい経験ができてよかったなあって思う。
三年は挫折を味わった年やった。
勉強が辛くて仕方なかったし(それは今も変わらんけど)、
何度挑戦しても志望校に
受からないという悔しさ。
でも薬剤師の夢は諦めたくなかった。
薬学部を設置している大学は
福岡は元々少なくて
どうしても倍率が高くなる。
受かるだけのことを考えると
ないわけでもないけど
薬剤師には国家資格が必要。
それなりに実習環境が整っていないといけないし
国家試験の合格率が低い大学は
行っても意味がない。
だけど広島の大学と宮崎の大学を受けるときは
随分悩んだ。
私はBlue Roseのボーカリストだから。
代わりがいないから。
でも浪人するわけにもいかんかった。
親が高齢出産だったから
大学在学中に定年退職を迎えてしまう。
私大の薬学部の学費は年間約200万。
私にはそんな額を払えるほどの
財力はない。
アルバイトをしても返すのは大変だろうけど
奨学金とか利用して
大学早く卒業して
稼いで
金持ちになる。
軽く野望やけど実現する。
話を戻そう。
三年では歌舞伎も鑑賞したな。
日本の伝統文化に触れて
日本ってすげえと思った。
きらびやかで
美しかった。
筑紫祭ではたった二日で
装飾を仕上げた。
達成感ハンパなかった。
見てくれた人の
「すごい」って言葉が
本当に嬉しかった。
元々絵描くのが好きだから
きつかったけど間に合ってよかったーって思った(笑)
うちのドラマー華憐ちゃんも見に来てくれました。
嬉しかった☆
それと体育大会。
私はフィナーレ鼓手をしました。
毎日遅くまで残って練習。
時には辺りが暗くなるまで
練習したこともあったなぁ。
でもフィナーレ鼓手を通して
友達も増えたし、
何より汗を流すのが気持ちよかった!!
曲が完成したときは
嬉しくて嬉しくて。
みんな
「つかちゃんお疲れ様ー!!かっこよかったよ!!」
って言ってくれて
やってよかったーって思った。
何より鼓手に憧れてたからね。
決まったときはびっくりしたけど
頑張ろう!!って思った。
三年のクラスマッチではまたしてもキャプテン。
でもチームを準優勝に導けました。
決勝で負けたときは
悔しくて泣いてしまったけど
みんなの
「つかちゃんありがとー!!」
って言葉に感動しました。
でもお互い受験生だから勉強もしなくちゃいけなくて。
そんなときもお互い励まし合いながら
頑張ってきたよね。
振り返ったらいい思い出ばかり。
卒業するのが惜しい。
まだまだやり残したことが
沢山ある気がするのに。
でもいつか巣立たなければならないときが来るわけで。
前を向いて進まなきゃね。
筑紫に来て本当によかった。
先生方、先輩方、後輩のみんな、友達、私に関わってくれた全ての人達、
今までありがとうございました。
創造、敬愛、剛健。
この3つを貫き通してね。
先輩方がそうであったように。
私も筑紫生として誇りを持って
これからも頑張ります。