こくてぃです
あれから5年
風化させてはいけないという思いで当時のことを少し書いてみます
当時、ちょうどその時刻は仕事でお客様先での作業をしていました
私の担当しているお客様は上場企業を相手にしていた為、都内一等地の高層ビルをメインとしていて、今回も正にその時でした・・・
それでも私は数十階にいまして、その揺れは一瞬で危険を感じ、その窓ガラス越しに見える他のビル群がグラングラン揺れていたのです
そこのオフィスの人達は真っ先に各々のデスクの下に身を隠しましたが、そんなのはホンの気休め程度にしかならないんじゃないかと、そんな状況下の中ふいに冷静になり思ってしまいました
だって、このビル自体が倒れてしまったらもう終わりなんです
ゲームで言えばゲームオーバーでまたセーブした場所からか・・・と落ち込むことはありますが、今回のそれに限り、“終わり”は“もう戻ることの出来ない終わり”なのです
一等地だからと言って全てのビルが新しいわけでもなく、言うなら古いビルの方が多い中
今回のビルもそんな感じでした
今の私に出来ることと言ったら・・・
「このビルに携わった全ての人達に祈ること」
終わってみればこうして記事が書けているので無事だったわけですが、辺りを見回しても損傷の建物は無かったので改めて日本の耐震技術に感謝した次第でした
そして、その日の夜には日本で何が起こったのかを把握し
幸いにも身内や親戚は住んではいなかったのですが、以前に旅スロで仙台に行ったことがあり
とても文化・食に感動し、少しでも足しになればと募金をしてきました
私の稼ぎがもっとあれば、一桁違ったのかもしれませんが、大小の問題ではないので
もう二度とこういうことがないようという願いも込めて10万円寄付させていただきました
その数日後、社内でも募金活動が始まり、ひとりひとり集めていたのですが
先輩・上司が嫌々お金を出しているのがなんかイヤな気持ちになりました
当然、義務じゃないのは重々承知しています
・・・がそれが家族だったらどうします?
それが同僚だったらどうします?
それが同じ市民・県民だったらどうします?
視野を広げれば広げるほどその思いは薄れていくけど
結局は同じ星の・・・まで来れば争いなんて起きないんですけどね
そして、なんかの拍子で私が募金したことが知られたんですがその時の反応というかコトバが
それって偽善じゃね?
世の中ってホント色んな人がいますよね
その言葉に対して、別に怒りとかは全然しないんですけど
「やらない善より やる偽善」
なんか自然と出ましたね
そう考えるとさっきの社内での出来事も嫌々ながら出してくれたからそれこそ“やる偽善”なんでしょうね
それこそ、TV見ながら可哀想だの気の毒だの同情したところでなんも解決しない
“同情するなら金をくれ”だ
直接出向いて復興支援なんかが一番いいのだろうけど、そうもいかない人もいる
そういう時はやっぱりお金になってしまうが、5年経った今もまだ仮設住宅の人も大勢いるということを聞くと、もうちょっと優先度上げてとりかかって欲しいなと切に願う
またいつの日か東北を訪れて沢山お金を落としてこようと思い
今回はここで筆を終わらせようと思います
