2023年9月17日告示・同24日投票の東大阪市長選のレポートです。

4期16年にわたり自公推薦でやってきた現職市長が、選挙1ヶ月前に突然維新に寝返りしたことで話題になったこの選挙。これに対する有権者の反応は?どのような選挙戦が展開したのでしょうか?


  0.背景

大阪平野の東部、大阪市の隣から生駒山地の麓にかけて位置する、人口約48万人の大阪第三の都市東大阪市。

東大阪市は、部品等を製造する町工場が日本有数所在しており、ものつくりの街として知られるほか、花園ラグビー場があることから、ラグビーファンからラグビーの街としても馴染まれています。

元々交通の便がよく、JR片町線、大阪メトロ中央線、近鉄けいはんな線・奈良線・大阪線が走っており、大阪中心部へのアクセスに恵まれています。道路も阪神高速や近畿自動車道が通り、交通の要衝と言えるでしょう。さらに、近年貨物線が旅客化し、おおさか東線で大阪・新大阪まで一本で行けるようになったほか、2029年にはモノレールの延伸も予定されていて、これからさらに開発が進められようとしています。

他方、近年東大阪市の人口は減少傾向にあり、事業所数も減少傾向にある状況で、大阪都市圏として安泰と言ってもいられない状況です。

そんな中で、市長候補として立候補したのは以下の3人(届出順)でした。


野田よしかず候補(66)   現職・大阪維新公認

うち海公仁候補(67)    新人・共産党推薦

りゅうじんあきひろ候補(51)新人・無所属


  1.寝てても勝てるが最大火力ー野田よしかず候補ー

(吉村洋文知事が野田候補らの応援に駆けつけた)


(1)候補の紹介

野田候補は、4期16年務めた現職市長で、5期目に挑もうとしていました。これまでは自公の候補でしたが、今回は自公では勝てないと見たか、大阪維新に寝返って出馬しました(野田陣営曰く、改革をさらに進めたいから維新に移籍したらしいですが…)。

野田候補は、前評判では他候補より明らかに優勢でした。

ただ、野田候補は、統一協会がらみの話などなどよろしくない噂が聞こえており、クリーンな候補とは言いがたい候補でした(例えば以下のもの)。

https://mainichi.jp/articles/20220901/k00/00m/040/295000c

https://mainichi.jp/articles/20190314/ddl/k27/010/341000c


また、野田候補に対しては、多選批判・寝返り批判も相当程度聞こえたように思われます。


(2)主な政策

・0〜2歳児の保育料無償(所得制限なし)

・0〜2歳児の在宅子育て家庭への支援

・小学校の学校給食無償化

・市内小中学校の修学旅行無償化

・塾代助成補助(所得制限あり)

・大阪府市と共に都市間「共創」を進める。

(・大阪都構想賛成)


流石ベテラン現職だけあり、有権者に何を重点的に示すか意識できている内容で、維新に親和的な人に受けるところもしっかり押さえてきています。


(3)選挙戦の展開

野田候補の選挙戦は、現職の優位性(実績)を街頭演説で頻繁に押し出すものでした。そこに、維新幹部らが総出で応援した(馬場代表、吉村大阪府知事、横山大阪市長、藤田幹事長が応援演説、岩谷良平衆議院議員や周辺市の維新系市長も連日応援)上、近隣自治体の維新議員も総動員されていたので、維新ができる最大のサポートをかけていた印象です。

維新への寝返りについても、改革を進めるという言い分を立てており、対立候補からの批判をしっかりつぶしていました。

前評判から言えば、野田候補は寝てても勝てる情勢でした。しかし、維新が市議選で14人擁立と攻めていたこともあってか、野田候補は市議選と共に全力で勝ちに行く選挙戦を展開しており、横綱相撲と言っても良い現職として王道の選挙戦を展開できていたと思います。

(直前に告知された馬場代表の応援)


  2.守りでは勝てぬ、街に出よーうち海公仁候補ー

(瓢箪山駅でもらったうち海陣営のビラ)


(1)候補の紹介

うち海候補は、東大阪市議を6期22年、大阪府議を1期4年(共産党公認)務めた候補で、2023年4月の大阪府議選で惜敗した候補です。この度東大阪市長選があるということで、野田候補の対抗馬として出馬しました。

東大阪市は共産党系市長もいたのですが、全国的に共産党の党勢が衰退する中、どこまで戦えるのか、前評判は厳しい情勢から戦うことになりました。


(2)主な政策

・市の貯金200億円の一部活用(給付金)

・0〜2歳児の保育料無償化など子育て支援

・小学校給食の無償化など教育環境改善

・モノづくり企業予算増加など

・国保料引き下げ、介護保険の負担軽減など

・ジェンダー平等

・歴史と文化を大切に


共産党はいいことを言っている面もあるのですが、給付金とかバラマキに見える政策は維新相手には逆効果なんですよね…(堺市長選2023など参照)


(3)選挙戦の展開

うち海候補の選挙戦は、主に市議と一緒に市民会館等で演説会を開くのを中心に展開していたようです。わざわざ屋内の演説会に来る人をメインに運動しているということは、共産党支持層を固めにいっていたのでしょう。

もっとも、この選挙戦の方針は不適切だったと思います。共産党支持層が減少している以上、その狭い層を固めても、現職で知名度もある野田陣営には太刀打ちできません。この戦い方で勝てるのは現職であり、挑戦者の新人が同じことをしても勝てません。

むしろ、積極的にスケジュールを公開して街に出て、うち海候補を知らない層に、うち海候補がどういう人か、どのように野田候補・維新と異なる東大阪市を作っていくのか知ってもらうことこそが必要だったのではないかと思います。

(なお、市長選と市議選のシナジー効果を狙い、市議選の共産党候補を応援するのが主目的だったなら、今回のうち海候補の戦い方はありだと思います。ただ、そういう姿勢だと与党がどんどん強くなりますが…)

(偶然見かけたうち海陣営の選挙カー)


  3.素人の竹槍戦法に終わってしまったーりゅうじんあきひろ候補ー

(布施駅前で演説するりゅうじん候補)


(1)候補の紹介

りゅうじん候補は、PTA協議会の会長を務めていた会社員の方のようです。

2022年春に東大阪市の学校給食の不配が生じたことをきっかけに姿勢に不信と不満を抱き、今回義憤に駆られて出馬したとのことです。

ダークホース的に現れた第三極、単なる泡沫候補なのか、野田候補を脅かす存在になるのか…


(2)主な政策

・無駄な支出の抑制

・幼児から高齢者まで安心して暮らせる市政

・小学校給食の完全無償化

・教員確保・勤務環境改善

・小中高一貫の支援学校設立

・市政での東大阪市の企業の活用


給食の不配からスタートしたのでこうなっていますが、ビラや演説の内容をまとめて思ったのは、まだまだ詰められそうですね…


(3)選挙戦の展開

りゅうじん候補の選挙戦は、素人の限界を感じさせるものでした。

たとえば、演説等のスケジュールはインスタでこっそり上がることもありました。しかし、他のSNS・ホームページ等での告知はなく、また、公開されるスケジュールが一部であって、有権者がりゅうじん候補にアクセスするのは困難だったと思います。

また、政策で東大阪市内の企業の活用を挙げているのに、証紙ビラとポスターの業者が東大阪市外なのは、政策と選挙戦がミスマッチしていてよろしくありません(日程や費用の問題などあったのでしょうが…)。

演説では、「素人感覚」というのも結構押し出していましたが、「市民目線」とか「子育て経験を活かす」とか、そういう言い方の方がポジティブに聞こえると思います。

もっと有権者にアピールするにはどうすれば良いか、選挙戦略をしっかり練る必要があったでしょう。

(布施駅前で演説するりゅうじん候補その2)


  4.考察など

(1)結果

今回の結果は以下のとおり。


当 野田よしかず    95,052票

落 うち海公仁     28,482票

落 りゅうじんあきひろ 20,343票

(投票率:39.86%)


結果自体は、前評判どおり野田候補の大勝でした。これで、維新は大阪市、堺市の政令指定都市に続き、3番目に人口規模が大きい中核市の東大阪市の首長獲りにも成功しました。

共産党系のうち海候補は、前回の共産党系の浜候補と比べ4,195票・約13%減の得票でした。

注目すべきはりゅうじん候補で、先述のとおり選挙戦略は練られておらず、泡沫候補的な位置付けだったのですが、供託金ラインを優に上回る2万票越えを達成しました。


(2)考察

①次回の東大阪市長選への示唆

首長を獲って実績を上げる(ように見せる)のが維新の党勢拡大のパターンですが、東大阪市もこの路線に乗ったと言えます。

4年後、野田市長が6選目に行くのは、年齢的にも多選回数的にもないと思います。ここは、維新内で予備選を行って選ばれた候補に禅譲して、維新の地盤を固めていくのではないかと思います(高橋正子市議あたり出てきそうかな)。

維新以外の勢力としては、市長のみならず市議の活動にも着目して、維新とは異なる政策・ビジョンを示せるよう、現段階から政治活動を進めていく必要があるでしょう。


②維新の自己否定じゃないの?

維新は元々独自候補を擁立する予定だったものの、野田候補が接近してきたなど色々あり、野田候補を公認することにしたようです。それで勝てたので、今回の結果が良かったのは確かです。

しかし、いくら大阪維新が元自民の人が作った政党で、野田候補が都構想賛成でも、野田候補の寝返りを認めてしまったのは、以下の点で維新にとってまずいのではないでしょうか?

(a)野田候補がこれまで自公支援のもと行財政改革を進めてきたなら、改革を進めるのに維新は不要では?

(b)5選というのは維新スピリット的なOKなの?

(c)野田市長が維新スピリットの持ち主なら、もっと前に維新に移籍していたのでは?(本音は勝つための維新への移籍に見える。維新はそういう人を取り込んでいくのでいいの?)


③自民(公明)は何やってんの?

野田候補が1ヶ月前に寝返ったから、そんな急に対立候補を準備できなかった、と言えばそれまでなのでしょう。

とはいえ、ここまで舐められているのにお手上げの不戦敗というのは、自民党があまりに情けないと思います。候補を擁立できないにしても、「うち海でもりゅうじんでもいいから、野田にだけは入れるな!」くらいの姿勢は明確に示せなかったのでしょうか。自民から何らかの要請があったなどの報道もなく、公明は早々に自主投票と決めてますし。闘う姿勢を見せないと、大阪で勢力を復活させることはより絶望的になると思います。

まあ、しまたに昌美候補(元N国、前回居住実態なしとして当選無効)を公認するくらいだから、大阪自民は致命的にガタガタなんでしょうね…


④りゅうじん候補に見る第三勢力の可能性

りゅうじん候補に言いたいのは一言、もったいない。

私が見た限りですが、りゅうじん候補は真面目そうな人で、支援者もお母さん世代(PTA関係の人?)が結構集まっており、人望もあったのではないかと思います。おそらく義憤に駆られて出馬したというのも本当なんだと思いました。

それだけに、出馬を決めたのが直前で、

①政策をしっかり練れていなかったこと

②選挙戦が洗練されていないこと

はあまりにも残念でした。

政策を支援者と話し合うなどしてより詰め(たとえば、市議の松平候補のような詰め方ができれば良かったと思います)、選挙戦はインスタ以外でもスケジュールを全面公開し、演説ももっと回数を重ねて慣れるようにして、選挙戦略にも配慮していたら、結果はかなり変わったのではないかと思います。

そういうわけで、今回のりゅうじん候補は非常にもったいないと思いました。今後こういうことにならないよう、市政に対する義憤に駆られた方に参照いただきたいのが、選挙ウオッチャーちだいさんの以下の記事。

https://note.com/chidaism/n/nb4cf2710b7ff?sub_rt=share_b

(泉房穂さんに対する評価は様々あり、諸手を挙げて褒めるべきとは言いませんが、)三田市長選2023の田村候補の戦い方は、市民派の立場から、強い政党・組織に立ち向かう際の参考になると思います。こういう戦いができていたら、野田対りゅうじんで、6万対5万5000くらいに競る、あるいは逆転金星もあり得たのではないでしょうか。


(3)雑感

維新としては、予定どおり、大阪全体における維新独走状態をより進められたのでしょう。しかし、寝返り市長の引き抜きという東大阪市長選でのやり方は、先に述べたとおり、維新の存在意義にも関わると思います。


統一地方選以降、維新の拡大もあり、維新の不祥事がより目立つようになってきたほか、万博の不手際も報じられるようになってきています。

そんな中、維新が党勢拡大のためになりふり構わなくなっているようで、いかがなものかと思わざるを得ません。

(ミャクミャクぬいぐるみを翳す維新支持者と万博ポロシャツを着なくなった吉村知事)