vissachisno1978のブログ

vissachisno1978のブログ

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!
秋が好きだ。読書の秋、スポーツの秋、食欲の秋、芸術の秋。。どれも僕には魅力的な響き。一番お洒落が楽しめる時期だ(と個人的には思っている)し、また近年は夏の暑さ残る中から急に寒くなることが多いため、秋を満喫できる期間というのは非常に短いが、その貴重さも含めて秋が好きだ。しかし、夏の終わりのあの何とも形容し難い寂しい感じは苦手だ。どうしたって僕のサンチマンタリスムは加速するし(フランス語にしたのに特に理由はない。芥川の羅生門を思い出しただけだ)、何だかとても苦しくなる。金木犀の香りが漂い出したりした日には、僕の心に鼻があるのなら、鼻水を垂らしまくっていることだろう。金木犀には色々と記憶を想起されるところがある。金木犀といえば思い出すのは、一つにはやはりフジファブリックの名曲『赤黄色の金木犀』だろう。個人的な体験の他に故・志村のことも思い出されて相乗効果的に胸に迫るものがある。同様に、『若者のすべて』もまたこの時期に聴くと心の琴線に触れることは疑いようもない。「最後の花火に今年もなったな」という歌詞の切なさ。志村が如何に何気ない日常におけるモヤモヤを表現することに長けていたかがよく分かる。どうしてこんな話を突然にし出したのか。それには理由がある。本題はそう、「最後の花火」に関してだ。夏の終わりのこの時期に聴く『若者のすべて』の上記のフレーズ。最後の花火の儚さ。今年最後の、という意味に限らず、線香花火が最後の一本になり、それが落ちていく瞬間。そんな儚さと、この夏の終わりという季節感は絶妙にリンクするように感じられる。何が言いたいかというと、そんなことを数年前にも考えていたなということ。そしてその時に作った曲は今、ノウルシとしてライブで演奏し、予想以上に好反応を頂いている。そんな僕らノウルシの曲、『世界の終わりを見た花火』を、この時期、9月限定でSoundCloudにて公開した。前々から公開していた『eden』『人形劇』の再生回数をすでに上回る程のペースで再生回数が伸びている。僕らの曲がいいから、なんてナルシシズムにまみれた発言をする気は無いが、この時期に、この曲だから、共感してくれる人もいたのではないか、と感じた。とてもありがたいことだし、自分が日常の中で感じたことを歌にし、それに共感を覚えてくれる人がいるのであれば、こんなに嬉しいことはない。あと2週間弱という短い期間での公開となっているので、一番「旬」のこの時期に、是非ご賞味あれ。上記プラグインから聴けない場合はこちら。 空の端でごろ寝。 ...