はに丸3歳半になり、年齢的にやはり言語能力が進歩しております。
特に最近かわったのは感情表現が入って来た事。
『○○だったから、悲しかった。」「○○をしてうれしい。」「○○ができたら楽しそう。」
表現のバラエティーだけでなく過去、現在、未来の感情を表現する。

小学生の頃から観察日記系の宿題に定評があった私。
子供のためにつけている日記を開いて見ればこんなことばっかり書いてある。

子供のためには「何々をした。どこどこへ行った。楽しかった。」だけでいいと思ってるけど、子供が進歩しているのを発見するとテンションが上がってついつい書いてしまう。最初の1年は毎日変化するからほとんどそれ。

ぷーさんは歩き始めたけど、まだ言葉は「ママ」「ねんね」のみ。

はに丸とプーさんはイライラしたときの表現が全然違う。

今はやっと無くなったけど、1歳ころからめちゃくちゃ嫌な事があるとはに丸は物や人をたたいて来た。プーさんは地面にうつぶせになって「う~!う~!」泣いて転がって、しばらくするとおさまる。ただ全く同じなのが駄目だとわかっている事もしばらく繰り返す事。男の子を育てたお母さん達はこれこそが男女の違いだとたいてい言いますね。

英語と日本語とモンゴル語については、モンゴル人にたくさん会うとモンゴル語が話したくなるけど、素直にまだ出てこない。DVDで英語のを見るとすべての会話が英語になり、日本語だとすべての会話が日本語になる。DVDに完全に影響されまくってます。ただはに丸は3歳になってすぐモンゴルに来たせいか、日本語と英語はどちらも『自分の言葉』で境目が曖昧なのに対し、モンゴル語は『外国語』であるという完全な区別があります。プーさんの場合は日本語も英語もモンゴル語も反応が同じだから3つの区別がしばらく曖昧になるのかもしれない。

バイリンガルに初めから育てても、それが3つであったとしても、それらすべてが私たちで言う『母国語』的な役割をして、その他の外国語とは区別される点では1つの言語のみ初めから学ぶ人と違いは無いと思います。

家でなじみの無かった言葉を学ぶ時には、おそらく私たちと同じ苦労が待っているというわけです。

センスが磨かれたり他の文化や言語への理解が深まったりというのは言葉の数ではなく、経験の果たす役割が多いのでは、、、と思う今日この頃。それは色んな国に住まなくとも家庭でも十分経験可能だと思うんですよ。