ひたすら音読していくと開運する

ひたすら音読していくと開運する

音読メモを残しながら未来につなげるブログです。

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目だけで字を追っていると、"読めたフリ"をしていることに気づかない。


例えば、読みのあいまいな漢字などはこれでスルーしているはず。


『世論』という熟語がある。読みは“よろん”も“せろん”も正しい。しかし、それを知っていてすら、音読するときには一瞬迷うことがある。黙読するときには、それが無い。字形で意味がなんとなく伝わってしまう漢字ゆえの現象だろう。


きっと、頭の中の文字には音がないんだな、と感じる。


音読をすることによって、読み方の複雑な字句は文脈を見て考えることができるようになる。考えてひっかかりが残れば、正しい使い方を調べるきっかけになるかもしれない。


ある人がグループ企業内で新社を立ち上げることになり、それまで一緒に働いていた人達との別れを「袂を分かつ」とスピーチで表現していた、という話がある。


この言葉は対立で分離することを表現するものだ。つまり絶交のこと。


いやいや、そんな確執を衆の耳が立っているところで暴露していいのかよ、と思ったけど、単に「道が分かれる」という意味で使いたかったらしい。聞いてる方も分からないなら恥にはならないんだろうけど、正しい言葉を知るということは真剣な場面をコントにしないで済む。


世の中には、新聞といえど変な言葉の使い方に出くわすことも珍しくない。きっと自分の日本語もいくつもの部分で変なのだろう。
(事実、社の文筆業務で僕は容赦ない校正を受けるw)


読めない漢字できちんと立ち止まれるのも音読の良い点である。僕は39のおっさんだけれども、いまだによく読めない漢字を字形だけ見て読めたフリをしてさっさと先に進んでしまう。辞書を開くのもいいし、パソコンにはIMEパッドというマウスの手書き漢字で読み方を調べる機能もある。昔より調べるハードルは狭まった。


音読は黙読に比べて勉強をするきっかけになる。
受験勉強を頑張って東大や早慶に入った学生らと話す機会が非常に多い仕事をしている。


半分ぐらいの年齢の彼らからはたくさん学びを得る。その中のひとつ。


「5分でもいいから毎日やる」


よく聞く話だけど、このたった5分でも毎日やるのは正しいなと痛感する。考えてみれば、健康法でも毎日5分でいいような話はあるし、ナンパ師だって「5分でいいからさァ」なんてみたいな口説き方をする。実は5分ってバカにはできないんだ。


その道を極めた人だからこそ、5分でもいいから毎日やることの重要性を認識しているんだろう。


たった5分ならやれそうだし、意地でもいいからやってみよう。要はその1日5分の習慣をどれだけ作れるかがカギじゃないだろうか。


自分をバカにして悔恨したり、人を恨む妄想に身を委ねたり、まとめサイトを読んで物知りになった気がするような時間はないか。


明日誰かの役に立って、誰かを愛せる活力のための5分にだってできるかもしれない。その辺の時間の使い方を思ってみるといいなと思う。


さいわいなことに、僕にもこのエントリを読んでいるあなたにも平等に、毎日毎日5分が288回もあるんだわ。分刻みのスケジュールって、実はそんなに高いハードルなんかじゃないのかもしれない。
積読していた宮崎中央新聞を読む。


今回読んだのは5月24日版。


浄土宗の長倉伯博住職の記事に泣かされてしまった。


名前だけ検索してみると、ネット上でもかなり活動している僧籍のようだ。


記事は講演の内容のテープ起こしなのだけど、緩和ケアをしている住職の話だ。


この住職、重い病気を抱えて余命いくばくもない人の病室に入って愚痴を聞くんだそうだ。


彼は病室に入る前に「俺はゴミ箱」と三回言う。


ある婆さん。
前進に子宮がんが転移しまくっていた。


住職が入っても、物を投げつけられたり、こっち向いてというとつばを吐かれて「そこに顔があるからかかるんじゃ」と言われる始末。


─────


すると、「今日は何もしないからそばに来い」とおっしゃった。

「起こしてくれ」と言われて起こすと、「強く抱いて」と言われました。

ギュッと抱いたら頬を寄せて「ごめんなさい。いつもあんたが来る日を待っていた。あんたがいたから私は他の人に優しくしていられた。つらかったでしょう。ごめんなさい」と言ってボロボロ泣かれました。私も一緒に泣きました。

そして「長生きするんですよ。大事なお仕事です」と励みをくださいました。



─────


その死の4日前のエピソードに、音読をしていて声が震えてしまった。


その婆さんが間近にいるような、いや、住職が抱きしめてくれていて背中をさすりながらうんうんうなずいている感じまで伝わってくるような感じだ。それを一身で感じるのだか3Dどころの話じゃないと思う。


音読していると、読むスピードの緩急までシーンに合わせてしまう。忙しい人の読み方ではないので、時間を決めないとできないね。


けど心を洗ういい時間だと思うよ。
積読していた宮崎中央新聞を音読する。2013年8月26日版。所要時間は午前1時半から小休憩をはさんだ約30分。


宮崎中央新聞というのは、日本各地の講演録などを記事にしている自己啓発系の新聞。元気をもらったり、考えさせられたり、啓示を受けたりする。月額1500円ていどで毎週B3サイズの両面刷りが送られてくる。


元々は名前の通り宮崎県の地方紙だったのが、30年近く続けた現在は日本各地に読者を持つようになった。静岡県に住む僕のような読者がどんどん増えている。私淑している女性がいて、彼女の勧めで購読するようになった。僕も彼女のように他人に影響を与えられるような自分に戻りたいね。


この数年、ロクにしゃべることもできなくなるほどの自身の無気力化が深刻なもので、打破のために音読を始めたわけです。音読なんて他人には勧めていたのに自分ではここに来るまでやっていなかった。またひとつ人に誇っていいようになったねw


音読の良さって、やっぱりきちんと体力を使うことです。それを実感しました。


こんな時間なのに目が冴えてきて、血色が良くなってくるし、何よりアイデアが湧いてくる。あと腹が減る。こんな深夜に食べないけどw

ちょっとだけ足先がしびれてきた。どうも脳への血の巡りが過剰になってきた分、酸素の供給が足りてない感じがする。音読が体を鍛えている感じだ。



今回読んだ分としては、国際ジャーナリストの伊藤千尋さんの記事がよかった。


平和憲法を持っている国は、実は日本だけではないという話。南米コスタリカ。


この国は日本の平和憲法に触発されて、自発的に議会で決めたんだそうだ。今じゃ国軍を解散させてしまったとか。


僕は高校生の頃に左側思想になり、今はどっちかっつーと佐幕派な保守系ですが、こういう話を聞くと平和憲法も悪くないと思ってしまう。しかも彼らの平和憲法はもっと活動的で、実際に隣国の紛争を外交で解決したりとかしている。国庫の30%を使っていた軍事費を教育費に使うようになったとか。


夢を語る人間はキラキラしてるもの。音読していると、書かれている言葉が自分の言葉のように意識が同期されていくのを感じる。できたら30分ぐらい没頭してもいいと思った。


寝掛けとか朝起きとか、タイミング的にそんな時にやっていこう。とても気持ちが前向きになるね。