2008年3月末に決断しました。

療養生活をしようと・・・会社も休業に・・・

そこで初めて心の病気かもしれないと、妻にほだされ心療内科を受診しました。
このときは、軽いうつ病と乖離性健忘症と診断され、投薬治療がはじまりました。

しかし、私の身体は、深刻な状態だったのです。

約5カ月間にわたるステロイド治療で、副作用が出ていました。
疲れを感じなくなっていたのです。

5月2日、病気のことで妻と口論しました。
その後、私は、ひどく自分を責めました。
生きている価値などない・・・と。

突発的に車で走りまわりまいた。

自殺したい気持ちと迷う気持ちが交錯していました。

佐賀、福岡、熊本と死に場所を探して車で走りました。

ふと、両親にあやまりたくなり実家の前を車で通り過ぎながら、ゴメンとつぶやきました。

いよいよ宵が始まったころ、海に車ごと飛び込んで死のうと決心がつき、熊本のフェリー乗り場の港を目指して走っていました。

あと2~3分で熊本港というところで、パトカーとすれ違いました。

私は、ルームミラーで通り過ぎたパトカーをちらっと見ました。

パトカーが転回し、私の方に向かてきました。

「運転手さん、左に寄せて止まってください」
私に向けていわれました。

迷いました。

もうすぐ港です。

どうせ死ぬのです。

このまま制止を無視して港まで突っ走ろうか・・・

気が付いたら車を止めていました。
もう気力は、残っていませんでした。

警察官に保護されました。
軽くシャワーを浴びるだけで、発疹の皮膚がはがれ落ち、そこから血が滲みだしてきていました。

私の症状を確認した医師は、2人の別の皮膚科の医師を呼んで、さらに3人で診察を行ってくれました。
いくつか疑いのある病名が説明されました。

ステロイドのちょっと強めの軟膏が渡されました。
2週間、自宅で処置をしました。

2週間後、国立九州医療センターに行くと、更に発疹が背中全体に広がっていました。
更に強いステロイド軟膏を処方されました。

その2週間後、国立九州医療センターに行きました。
改善するどころか、皮膚疾患の症状は、悪化していました。
このころには、膝から頭部まで全体に謎の皮膚疾患が広がっていました。
そこで、病理検査のため3か所の皮膚を1cm四方くらい切り取られました。
この間の治療は、かなり強いステロイド軟膏とステロイドの飲み薬が処方されていました。

更に2週間後、病理検査の結果がでました。

・・・原因不明・・・病名不明・・・でした。

このころになると足首から頭部にかけて体全体に皮膚疾患が広がり、体のあちらこちらの発疹が、服とすれるだけで皮膚がはがれ落ち、血が滲んで社会生活に大きな支障を期待していました。

そしてついに2008年3月15日、体が動かなくなりました。

この頃は、強いステロイド軟膏やステロイドの飲み薬の副作用が出ていました。

体が思うように動かないことに加え、皮膚疾患で人と会うのが辛くてたまりませんでした。

会社を経営していましたが・・・
私は、2007年11月1日から約5か月間、原因不明の皮膚疾患に悩まされました。

2007年11月1日、朝からシャワーを浴びていました。
鳩尾(みぞおち)のところに、直径1cmくらいの円形の発疹ができているのに気が付き、スポンジで軽く洗いました。
発疹は、簡単に皮膚がはがれ、血がうっすらと滲(にじ)んできました。

あまり気にもとめずにいました。

翌日、シャワーを浴びるためにバスルームに入って鳩尾を見ると、発疹が3つに増えていました。

毎日、シャワーを浴びるたびに発疹を確認しました。
発疹は、鳩尾から気管支に沿ってあごの下まで、3cmくらいの帯状に広がってきていました。

近所の皮膚科を受診しました。
診察の後、ステロイドの軟膏が処方されました。
飲み薬も処方されました。

3日ほど処方された薬をきちんと指示通りに処置しました。
皮膚疾患は、治るどころか顔の下、半分に発疹が広がりました。

近所の皮膚科で再診してもらいました。
皮膚疾患の一部を切り取って、病理検査をしてもらいました。

2週間後、検査結果を聞きに近所の皮膚科に行きました。
結果は、原因不明。

そこで、逓信総合病院で内臓疾患の検査を受けました。
内臓疾患の疑いもあったからです。
しかし、その結果は、問題なし。
そこで、国立九州医療センターに紹介状を書いていただき、すぐさま国立九州医療センターにいきました。

このころには、発疹が顔全体から頭、背中の上部に広がっていました。

・・・つづく