東京は一昨日から夜になると、雷とどしゃぶりの雨が続いています。時間は短いので、暑さしのぎには良いのですが、庭のお花は雨の強さにうなだれています。
さて、7月7日に再開して、1ヶ月近くたちました。
その間に、なかなか重い出来事があって、ブログに書くかどうか迷ったのですが、やっぱり書くことにします。
実は7月に実家(名古屋)の母が交通事故で他界しました。
母は朝、10時頃に近所のエアロビクス教室へ行くため、近所の人と自転車ででかけたそうです。家から数十メートル先、最初の交差点で車にぶつかりました。運転していた人は、「とまれ」の標識で止まったということですが、1台の自転車をやり過ごした後、左方向を確認しないまま発進してしまって、母の自転車に気付かず、ぶつかったそうです。
家にいた父も駆けつけたのですが、車の右前輪にはさまれていて頭から出血していることもあり、ひっぱりだすこともできなかったそうです。近所の人が救急車を呼んでくれて、レスキューの方が母をひっぱりだし、救急病院へ搬送しました。かなりの出血だったそうです。
私は土曜日で家にいました。そこへ弟から「お母さんが交通事故で集中治療室へ入院した」との電話がありました。ただ、すぐに駆けつける必要があるかどうかわからなかったので、必要なら連絡してくれと言って電話を切りました。
それから1時間ほどして、また弟から電話があり「医者の話では脳の損傷がひどくて、難しいらしいから来てくれ」とのことでした。
実は、その間私は何の準備もしていなかったんです。どうしても”交通事故で母が死ぬかもしれない”という実感がわかないんですよね~。
ただ、弟の話ではそうなる可能性が高いということで、それから荷造りを始めました。
もし、そのまま葬儀ということになった場合、やはり黒っぽい服装が必要だろうとか、一応喪服も持っていこうとか、数日東京へ帰れないかもしれないから、その間の仕事の手配をしておかなくてはとか・・・。ともかく、あれやこれや考えていると、どっから手をつけていいかわからない状態だったんですね。
落ち着いているようで、今考えるとパニクッてたんだと思います。
しかも、洗面所でふと自分の髪をみると白髪まみれではないですか!
私は20代の頃から白髪が多くて、今は染めないと根元がグレイヘアーという状況なのですが、ちょうど翌日曜日に美容院で染める予定だったのです。この髪で親戚の人に会うのか~、と思って悩んでしまいました。
ただ、美容院に行けなかったときのために、家には毛染めも買ってあります。問題は時間でした。
ひとしきり悩んだのですが、その段階では荷造りがまったく進んでいなかったので、毛染めをしている時間(40分くらい)を荷造りにあてればなんとかなると判断して、なんと毛染めを決行してしまいました(母が危篤だと言うのに!)![]()
毛染めも終わり、荷造りも一応終わって、夫に連絡を入れ、バスの時間を確認して出発です。
そこでまたもや大失敗。土曜日なのに平日のバス時刻表を見てしまったのです。結局バス停で12分待ちしました。そのため予定していた新幹線が1本遅れることに。
電車に乗り換えたとき、弟から電話が入りました。どうやら私からの連絡が遅いのにいらだっていたようです。私は弟が病院につめているため携帯に電話しても繋がらないだろうと思って、到着予定の時間をメールしていたのですが、見ていなかったようです。そこで「到着予定は○時頃だけど、メールしたよ」と言うと、「わかった。名古屋駅まで迎えにいくよ」と言うので、「そっちも大変だろうから、迎えにこなくても良いよ」と言うと、「そんな状況じゃないんだよ。ともかく急ぐから迎えに行く」と言われました。
私はどんなにあせっても電車が速くなるわけじゃないと思うのですが、現場にいる弟にしてみれば気持ちがあせってしまうのでしょう。悪いことをしたと思いますが、その時はどうしようもありません。予定の新幹線に乗り、名古屋へ着くまで遠隔でリコネクティブヒーリングをしていました。
予定時刻に名古屋駅に着いたのですが、弟がいません。携帯も繋がりません。道が混んでいるのかと思いましたが、20分待っても連絡がありません。ひとりで病院へ向かうこともできますが、迎えに行くと言われていたのでともかく連絡をとろうと病院の電話番号を調べてかけてみました。病院で電話をあちこちまわされている間に弟から電話がありました。
「たった今、息を引き取りました」とのことです。私は「あなたはどこにいるの?」と聞くと、「○○病院」と怒鳴りかえしてきます。「じゃ、そこへ行けば良いのね?」と言うと「うん!」と言われて、わけもわからず地下鉄で病院へ行くことにしました。
名古屋の地下を歩きながら、もしやと思い当たることがありました。それは、私は到着時刻を知らせたメールに「迎えにこなくてもいいよ」と書いたのです。その後、弟から電話があり、彼が「迎えに行く」と言うので来るものと思っていたのですが、彼は電話の後でメールをみて「迎えに行かなくて良い」と判断したのかもしれない、ということです。ありえそうな話です。しかも私は地下鉄で間違って逆方向の電車に乗ってしまい、次の駅で乗り換え、病院のもより駅に着いたときも夜間入り口が見つからず大回りしてしまいました。
そしてやっと病室へ着くと、父と弟をはじめ親戚の人達が10数人待っていました。母が亡くなってから少し時間が経っていたので、皆それなりに落ち着いていました。
そのとき私は、「あぁ、私は修羅場に立ち会いたくなかったのだな」と思いました。もし、メールの行き違いがなかったら、もっと早く支度ができていたら、バスの時刻を間違えなかったら・・・。その全てが、私は皆が落ち着いてから登場したかったのだと思いました。実際、母は事故後一度も意識を取り戻さなかったので、死に目に会えなかったという感覚はありませんでした。
まだ、機械がついたままの母に会いましたが、どうにも亡くなったという実感が得られないのです。悲しいとかつらいとかの感情にもなりません。あまりにも突然ですし、亡くなったのだと思おうとしてもうまくいきません。
端から見たら、かなりあっさりした別れだったかもしれません。
担当の医師が来て臨終の宣言をしました。
交通事故のため、警察官による被害状況の記録があり、その後看護婦さんが清拭してくださるということで、別室で2時間近く待ちました。
その間に私は葬儀屋さんの連絡先を調べて連絡し、弟は家に戻って近所の人と母を迎える準備をします。
清拭が終わってから母と一緒に病院の霊安室へ移動して、簡単な見送りの儀式を行い車で実家に戻りました。夜11時をまわっていましたが、いつものおっさま(お坊さん)が待っていてくださり、お経をあげてもらいました。
そしてこれから葬儀屋さんとの打ち合わせが始まります。
つづきは次回(暗い話ですみません)![]()