何のために生きている? ブログネタ:何のために生きている? 参加中


はっきりさっぱりいってしまうと、WICCAが生きているのは人生を楽しむためです。
楽しくなくなったら、たぶん生き方がどっかズレてるんです。
だからちょっと修正すればいいんです。



にしても・・・うっかりこういうネタ出てくると、WICCAが喜々として語り始めるんで要注意です。
思想の話が大好き過ぎて、いろいろ引用しては大喜びしてしまいます。
でも、好きな話題なだけに人様に読ませられるような整理された文章が書けません。
困ったものだ・・・。

(最近「困ったものだ」ってのがWICCAのブログ中で増加しています)


放っておくとどこまでも長くなってしまうので、ちょっと人権の観点から攻めていきましょう。
ここしばらく新自由主義に基づく人権観から人権について考えます。
ちょっと偏った立場が見え隠れしてるような説明(「正統化するための」あたりにトゲが・・・)ですが、Wikiからちょっと引用。

---------------------------------------------------------------------------------------------

市場原理主義の経済思想に基づく、均衡財政・福祉および公共サービスの縮小・公営企業民営化・経済の対外開放・規制緩和による競争促進・情報公開・労働者保護廃止などをパッケージとした経済政策の体系、競争志向の合理的経済人の人間像、これらを正統化するための市場原理主義からなる、資本主義経済体制をいう。
---------------------------------------------------------------------------------------------

例を挙げると、最近話題の派遣法や、福祉サービスの利用・契約制度の背景なんかに新自由主義が挙げられられます。
要は人権とは自由な経済活動を行う権利であって、この社会で目指してるのは経済の発展だけなんです。
国家全体というマクロな視点で成長することしか見ないので、日本国憲法に示されているような国民一人一人の「健康で文化的な最適限度の生活」っていうのはどっかに飛んでいってしまっています。
まぁ、経済活動のみ保障したら「健康で文化的な最適限度の生活」が保障される、という根拠のない理由をつけるのが新自由主義の立場なわけですが、結局突き進むなか失敗したのがアメリカであり、日本でもあるということなわけです。

アメリカのどこが失敗かっていったら、サブプライム問題なんかそうですよね。
お金がないのに豪邸買って焦げ付いて・・・ってパターンです。
最近WICCAのお友達でアメリカ帰りの子が言ってました。
「お金ないのにカード使いまくって、使用停止になった使えないカード持ってる子がいっぱいいる」って。
個人の責任で済めばいいけど、お金がないのに買ってしまう国民が国際経済に大打撃を与えてしまうってのをちゃんと制御しなきゃいけないんですよ、この場合国家が。(これが夜警国家)

でも、制御すると自由を奪うことになる・・・つまり新自由主義に基づいて制度・政策を進めると絶対に矛盾が生じてきちゃうわけです。
やるとしても、すごく繊細な調整と舵取りでバランスをとっていかなきゃならないので、小さな政府になるどころか細やかな作業(市場調査とか取り締まりとか)をするための人手が必要になってきて結局大きくなっちゃう。
財政縮小の手だてと捉えてる方々もいるようですが、私にはむしろ逆だと思えるんですよね。

だからこそ、経済よりも満足度を重視する思想をとった方がいいんじゃないかと思います。
たとえば、今注目されてるブータンとか。
「ブータンは資源のある国なので日本では・・・」っていうことは絶対に誰かが言い出すんだろうけど、満足度を重視するのは国家体制の背景にする思想として十分なんじゃないかしら。
確かに資源があればそれを海外に売って社会保障を充実させることができるけど、資源はあくまでも何かを実現するための手段だと思います。

新自由主義に基づいて考えると、この満足度はカネがあればあるほどアップするという発想になっちゃうかもしれないですが、果たしてそうなのかどうか。
ひいては、人間らしい生き方をすること(つまり人権が保障されていること)は、経済の保障だけなのか。

新自由主義は、「確実にこれから成長する目玉業界がある」みたいな条件がないとうまくいかないんじゃないかなぁ。
(かつてのIT業界がそうであったみたいにね)

って書いてることが、ただの新自由主義批判になっちゃった!?
(あらら?Wikiの風潮そのまんま)


さぁってと。
ぼちぼち家に到着する頃かな。