ブログネタ:ご近所付き合い、ある?
参加中WICCAは名前も知らない地域の人と立ち話してあちこちで引っかかってて電車に乗り遅れたりするので、おそらくご近所付き合いはしている方ではないかと。
あんまり自宅付近にいないので、断言は出来ないんですけどね。
以下は思いつきで書いた、出典も用語もいい加減な面倒な文章です。
スウェーデンではコミューン。
マレーシアでは住民・親族の相互扶助を期待した「支え合う社会」を導入。
地域のつながりとか助け合いは、もともと当たり前だったけど、最早政策で実現しなきゃいけなくなってますね。
日本も社会福祉法の中の「地域福祉計画」とかで、その路線をとってます。
一方、今朝のオバマ大統領就任式関連のニュースでは、「もう、小さな政府とか言ってられない」とかコメントしてるのをチラッと耳にしました。
そうなんですよねぇ。
ここのところ文化について書いていますが、文化的な家族生活、文化的な地域生活を送ってないのに、仕組みだけ作っても実体とはいえズレが生じると思います。
新自由主義思想のなかで、人権が自由な経済活動中心になっちゃうからハッピーマンデーみたいな経済優先の考え方が出てきます。
そして、国旗・国家法のように中身のない強制力先行の考え方も出てきて、一件文化を大切にしてるようで実際は逆効果なことしてしまう。
作った法律を上手く使えないのも問題何でしょうけど。
縦割り行政問題になったりしますが、そこらへんの足並みの揃わなさもこの法制度上の矛盾を生み出しているのかも。
財政上、予算の取り合いするからしょうがないのかもしれないけど。
というわけで、新自由主義の国アメリカの政府の役割となると、国内では社会保障の充実をはかるのが当然っちゃあ当然で、ルーズベルトとかニューディール政策の話をちらほら耳にするようになりましたね。
結局のところ新しいアイディアが浮かばなければ過去に学ぶしかないですからねぇ。
とすると、日本もアメリカの言いなり、真似っこをしている日本は、またどこかで舵取りして大きな政府路線に行くのでしょうか。
としても、未だに10年遅れて動いてるから舵取りも10年後かなぁ?
制度なんかに頼らず、相互扶助、ボランタリーサービス、プライベートサービスなんかは自力でやってくしかないですね。
挨拶運動とかに強制されずに地域のつながりを作る意識を持ちたいものです。
(ってワーカーがそれを言っちゃあ…)