昨日のこと。
とある西武線沿線の駅で、とある大学の学生が募金活動してました。
真っ先に目に飛び込んできたのは大学のノボリ。
続いて、薄緑色(だったと思う)を貼った手作り感溢れる募金箱。
もう終盤だったらしく、アピールの言葉は弱々しい。
う~ん…一体何の募金活動だったんだろうか。
WICCAは募金アレルギーなので、街頭でこういう場面に出くわしても近づきません。
以前募金活動をしているNPOに勤めてたとき散々嫌なもの見てきたので、募金は直接することにしてるもんで。
(嫌なものって言っても、募金に関するコンプライアンスはちゃんとしてました。念のため。)
あたしが募金するかしないかはともかくとして、ぶっちゃけアレ印象悪いと思いました。
だって、大学のノボリが一番目立つってどうなの?
「うちの大学は何かいいことしてます!」って訴えることが目的なの?
せめて路上から一番見えやすいようにするとかではなく、自分たちの後ろにさりげなく立てかけるとかいう工夫は出来なかったのかしら。
あとね、少なくとも前を通りながらチラ見したあたしには、募金箱にも何のための募金箱か書いてないし、プラカードとかも持ってないし、何のための募金なのか全くわからない。
チラシとか配ってたのかしら?
でもスケッチブックでもノートでもいいから、チラシが切れたところでアピールする方法を変えるべきです。
4~5人いたら、それくらいちょっと抜けて準備出来ただだろうに。
そもそもね。
せっかくの良い活動してても、準備があまりにもお粗末だとどこまで真剣に取り組んでるのかとか思っちゃう。
募金って、してくれる人の思いやりなんです。
それに対して活動する側も誠意で取り組まなきゃ失礼なハナシです。
もらった直後だけ金切り声で「ありがとうございましたッ!」って叫ぶだけでは誠意が全然伝わらない。
活動の効果から考えても、意義や目的の達成から考えても、とても合格点はあげられないなぁ。というか、あたしは不愉快になりました。
次やるときは、是非もっと誠意を持って準備に取り組んでもらいたい。
というのも、福祉の業界にいる人たちのそのあたりの甘さをいつも肌で感じてるからです。
「人を援助する=いいことだから興味を持ってくれるに違いない」とか「必要になったら自力で調べてここにたどり着くだろう」とか。
はっきりいって、甘えですよね。
広報活動しようと思ったら、知ってほしい相手のこと知らないといけません。
講演をするときは、オーディエンスの反応をちゃんと見ながらじゃなきゃ意味ないです。(本書けば十分!)
私もついつい周りの空気につられて手抜きしちゃうことがあるんだけど、一般企業に勤めてたときのことを思い出すと、本当にありえません。
いや~。ホントに、気をつけよう!