いじめ問題の対応って難しいですね。

トラブルを発見した時点でそれなりの対応はしてるけど、解決したのかどうかはっきりわからないから特に。

しかも、私が育った環境とは違って、子どもたちが納得できてないときにちゃんと異論を唱えたり本心を話したりしないから余計にやりづらい。

でもそれって、なにかあったときに大人が子どもへの反論の余地を与えないからじゃないかと思います。


以前子どもの権利を扱う団体(というか部署?)に関わっていたときのこと。

責任者の方がいじめ問題について、「いじめてる方が100%0悪い」とか「喧嘩両成敗にはしない」と発言していて、ものすごく違和感がありました。

いじめてる子どもを擁護したいわけではありません。

いじめを善悪のみの問題で語る乱暴さに驚いたとともに、「成敗って…アンタ何様だよ?」と思ったからです。

そういう人に限って「いじめは誰でも持ちうる、ちょっとした特徴から起きる」とか言うんです。

そう、ちょっとしたことから起きるからこそ、単純に第三者が断罪するようなマネをしちゃいけない。

些細なことで、例えば生死に関わるような大事に至らないよう、当事者同士が感情の問題をこえて納得できるような対応をしなきゃいけないんです。人権を扱う人は特に。


勧善懲悪ってのは、道徳心を育てるときや娯楽にしか使えません。
ちっちゃな誤解とか、ちっちゃな感情の衝突とか、大人なら経験してきてるでしょうに。

なんでこんなに傲慢なこと言っちゃうんでしょうかね?

(こんな批判してるあたしも結構傲慢だな)