A'sW2-30 徹と茜、新宿にて(2)
「ケーキでも頼む?」
「あ、いや、これから飲み会なんで、食べ物は遠慮しておきます」
これから明かされる、自分の知らない「ゆかり」。それを聞く覚悟をするため、徹はここで一呼吸置きたかったが、すでに覚悟を決めた茜は、話を続けた。
「私たちの母校は駒込にあるんです。私は福島から上京してきたから大学の寮に入りました。でも田無に住んでいたゆかりは、入寮する必要なんて全くなかったんです。寮も板橋にありますし。
なぜ寮に入ったかというと、実家から飛び出したかったから、って聞いたことがあります」
すでに徹は、何の相槌も打てないほど、何かに追い込まれたような気分だった。自分は、ゆかりを全く知ってなかった・・・
徹の白くなった顔に気づきながらも、茜は続けた。
「ゆかりはね、詳しいことは教えてくれないんです。ただ分かっているのは、大学受験で失敗して、私と同じ大学に入学したこと。そして、実家はものすごく厳しいらしいんです。親御さんの職業とか、全然知りません。
ただ、そんな実家を出るために、寮に入ったんです。だから最初、実家の電話番号交換も乗り気ではなかったんです。今のような夏休みでも、実家にはほとんど戻ってなかったようです。正月くらいだったかなぁ。実家に戻ってたのって」
「で、彼女は卒業後、すぐに生田で一人暮らしを始めたの?」
「彼女は1年だけ、赤坂の会社に就職しています。そこの社員寮が向ヶ丘遊園の駅の近くにありました。最初はそこの寮に住んでいましたが、退職。その後、派遣会社に登録したんです。住まいは一つ隣の、生田のワンルームを借りたんです」
「生田のアパートは、俺も行ったことあるよ。転職したってのは聞いたことあったんだけど・・・さ、派遣社員だったなんて一言も聞いてなかった。俺、彼女と競馬以外の話、ちゃんとしてなかったんだなぁ…」
徹はアイスコーヒーの最後をストローで啜った。そのとき、一つのことが頭上を駆け巡り、むせてしまった。
「あ、ごめんごめん。。で今更気づいたんだけど、ゆかり、実家に戻ったって事だよね? 飛び出した実家に」
「そうなんです。実家から圧力があったみたいなんです。入試は失敗するし、就職も1年で退社。そして派遣終了… 彼女も25歳ということもあって、実家に戻るよう言われてたようなんです。相当悩んでましたね」
「で、実家に戻った、ということか… 実家には電話したの?」
「してません。ゆかりの家族とは面識なかったので、今まで一度もしたことなかったので…」
徹は電話番号を聞きだそうと思ったが、すぐに思いとどまった。自分の話を、ゆかりが家族にしているとは思えなかった。下手に電話すれば、「紫」が態度を硬化させる可能性もある。「友達以上恋人未満」という関係のまま、1年近く続けたことを、今更ながら徹は後悔した。
その後、徹と茜は世間話をしたが、空気は重かった。茜は時計を気にしていた。そして、
「では、すみません。私そろそろ…」
「ああ、どうもありがとうね。お勘定は俺がしとくよ。いろいろ聞いたし。それに、ちょっと一人でここに残りたいんだ…」
「では、お言葉に甘えます。また、連絡しましょうね」
茜が退席した後、徹はコーヒーのおかわりを注文した。いろいろと想いにふけていたが、結局何も纏まらず、コーヒーを飲み干した後、すぐに帰宅することにした。