思い出の名勝負…'96スプリンターズS ※全体公開※
実況
「実は中継再開していますが、少しの間、非公開自主トレが続きますので、『思い出の名勝負』をお届けしましょう」
解説
「96年のスプリンターズSですか…95年のヒシアケボノ、97年のタイキシャトルを押しのけて、96年のプレイバックですね」
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今は4回中山最終日(つまり9月最終週か10月1週目)の開催であるが、1990年のGⅠ昇格時から10年間、有馬記念の前週に行われるGⅠだった。
JCが終わり、3歳(今の2歳)GⅠが続いたあと、有馬まで待ちきれないファンが、勝負を掛けるレースであった。
通称『電撃の6ハロン戦』。高松宮記念が1200mのGⅠになるまで、マイル未満の唯一のGⅠであった。
「第30回スプリンターズS」 (1996.12.15)
詳細はリンク先を見ていただくとして、この年はフラワーパークとエイシンワシントンの激戦が印象に残るレースであった。
私はフラワーパークという馬が、あまり好きではなかった。正確には、田原成貴という騎手が、その当時 気に入らなかったということによるかもしれない。スプリント路線では、エイシンワシントンを応援するようになっていた。
前哨戦のCBC賞 (当時は年末開催(但し今より1週前倒し)の中京GⅡ)でエイシンワシントンが勝っていた。
ローテーションは厳しいが、ワシントンに勝ってほしい・・・その思いでいっぱいだった。
当時のスプリント路線は、上記の2頭に加え、ヒシアケボノ、マサラッキ、ビコーペガサスといった馬がいて、多士済々・群雄割拠という状態だった。
私はたしか、エイシンワシントン=ビコーペガサスの馬連を中心に買っていたと思う。
アケボノは出遅れ、ビコペ(こう略してましたね、懐かしい)は不利を食らうという波乱の展開の中、中山の直線、逃げるワシントン、追いこむフラワーパーク。
ゴールは・・・どっちが勝ったんだ
並んでいて、まったく分からない。
長引く写真判定。私は中山ではなく府中にいたが、場内は騒然としている。
結果が出た。1着:フラワーパーク、2着:エイシンワシントン。
その後、その差が、なんと1cm
だということが新聞等で発表される。
GⅠだったから1・2着をハッキリさせ(ざるをえなかっ)た、GⅡ以下なら同着扱いではないかと、今でも思う。
ワシントンは結局、GⅠは制すことなく、種牡馬となっている。GⅠのタイトルを獲らせたかった1頭である。
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実況
「さぁ、今年のスプリンターズSは、約11時間後に行われます。3塁側のとりあえずの予想が、3塁側ブルペン に掲載されましたので、興味がある人はご覧ください。なお、馬券はご自身の責任で購入されますよう、宜しくお願いします」