第三章 二―トの僕が子育てをしたら 29話
最強のコミュニケーション術(前編)
「ガチャ」
ダイゴ先生がいつものように教室に入ってくる。
僕達三人は挨拶をして、ペンとノートを鞄から取り出した。
「よし、私の講義も今日を含めてあと二回を残すのみとなったが、どうだったか?ここでお前らに話したことはビジネスのほんの一部のことだが、これからお前らが本格的にビジネスの世界に足を踏み込んだ時に、とても役に立つと思う。またビジネスの結果が伴なってくれば、更に理解が深まり応用できるようになるだろう。さて今日はちょっと気楽な話をしてみたいと思う。お前らも楽にして良いぞ」
とダイゴ先生に言われたので、僕は肩の力を抜くことにした。
「今日の話はコミュニケーションについての話だ。コミュニケーション能力についての話は以前にも、少し触れたよな。コミュニケーション能力が高い人間はビジネスの世界で大きな力を発揮できる。逆にコミュニケーション能力が低いと、学歴が高くてもビジネスの世界では評価されない。つまりビジネスとは対人能力がもっとも必要だということだ。わかるか?坂上」
僕はダイゴ先生の話にうなづく。
「では、他人と円滑にコミュニケーションを交わすのに何が必要かわかるか?三上」
三上さんがしばらく考えて、
「要点を明確にして、わかりやすく簡潔に伝えることでしょうか?」
と答えると、
「そうだな。三上の言うことも重要だ。ビジネスの世界は決断を迫る場面が一日の中だけでも、何回も訪れる。そんな時に、要点がはっきりしない話をだらだらとされたら聞き手もうんざりして、その人間の話にいずれ耳を傾けなくなるだろう。相手がYES・NOをすぐに答えることができる質問や会話を心掛けることがビジネスでは重要だ。しかし、実はもっと重要なことがある。それは《褒める》ということだ」
僕達はダイゴ先生の意外な話に驚いた。
「あはは。他にもっと凄い話でも出てくるかと思ったか?でもな、日本人はこの褒めるということを特に苦手をしているのを、お前らは知っていたか?日本人は村社会という枠組みでずっと社会生活を行ってきた歴史がある。まぁ民族としての生活習慣の基盤が村社会という組織にあるとも言えるがな。逆にアメリカなどは、このような村社会というものが存在しない。なぜなら、彼らは土地に土着した民族ではないからだ。日本人は長いこと村社会という狭い枠で生活をしてきたから、あまり外部の人間と関わる必要が無かった。ようは生まれてから死ぬまでその土地で生きる人がほとんどだった。簡単に言えば、生まれてから死ぬまで人間関係が決まっていたとも言えるな。そんな社会で生活をしている人間に《褒める》という行為が必要か?いつも顔を合わしている人を褒めまくっていたら、何か魂胆があるのではないかと逆に疑われるかもしれない。そういう背景も一つの要因として、日本人は他人を褒めることを苦手としているのではないかと私は考えている」
というダイゴ先生の話に、
「ではアメリカの人達はどうして褒めることが得意なのでしょうか?」
と今野君が質問をした。
「アメリカの歴史を紐解いてみればわかると思う。様々な人種の人達、そして様々な文化を持つ人達が一つの国に共存しているよな。日本とは大違いだ。様々な価値感がある社会でいさかいを起こさないように生きて行くためには、まず相手に良い印象を持ってもらう必要がある。第一印象を重要視する社会だと言うことだ。知らない相手と日々関わらなければならない社会だからこそ培われたものではないだろうか」
コミュニケーションの背景には様々なことが関わっていることに僕達は驚いた。
「しかし、ここは日本だ。日本には日本のコミュニケーション方法というものが存在する。それは欧米のコミュニケーションとはちょっと違う。なぜなら日本人の社会には《暗黙の了解》という文化があるからだ。これは外国の人にはわからない日本人独特の文化でもあるな。《言わなくてもわかるだろう?》という奴だ。わかるだろ?お前らも」
確かに、以前ネットでそんな風なことが言われているのを目にしたことがある。
「日本人の場合は《褒める》一つにしてもアメリカのそれとは違う。まぁはっきり言ってしまえば、日本人は細かいんだ。大げさに褒めると疑われるし、褒めないと感じが悪いと言われる。つまり、中庸をしっかりと考えて褒める必要があるということだな」
褒める一つにとっても、こんなに難しいことなのかと僕達は驚いた。
(後半につづく)