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virt_flyのブログ

フライトシミュレーターソフトのFlightGearで仮想飛行を楽しむブログです。

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↑フランス統治時代の雰囲気を残すサイゴン大教会(1840年建造、聖母マリア大聖堂)。アメリカによる傀儡政権の初代大統領でカソリック教徒だったゴ・ディン・ジェムは、仏教徒や他の宗教を抑圧。抗議の焼身自殺を行った僧侶たちを、実弟ゴ・ディン・ヌー秘密警察長官の妻が、「人間バーベキュー」と語り、国際的な批判を浴びました。

転機となったテト攻勢
  「歴史にもしもはない」のつづきで、今回もベトナムの空中散歩とします。

  最近のFlightGearは、精力的にランドマークが作成されていて、これまで殺風景だった地表にも3Dオブジェクトがふえてきました。こんなうれしいことはありません。
  ベトナムのホーチミン市(旧サイゴン)にも、フランス統治時代の雰囲気を感じさせるホーチミン市人民委員会の建物などから、今日の経済発展を象徴する高層ビル群まで、立ち並ぶようになりました。
  画像は、そんな中のひとつ、サイゴン大教会の建物です。

  1954年のディエンビエンフーのたたかいでベトミン軍が旧宗主国のフランス軍を包囲し壊滅させたのを契機に、第1次インドシナ戦争は終結に向かいますが、ジュネーブ協定では暫定軍事境界線が設けられ、調印に加わらなかったアメリカと南ベトナムは、一方的にベトナム共和国(ゴ・ディン・ジェム政権)を南部に樹立。サイゴンは南北に分断されたベトナムの一方の首都となりました。

  ジェム一族による圧政と反政府勢力(新興宗教組織やギャング)への弾圧は、国民の反発を強め、60年には南ベトナム解放民族戦線(NLF)が結成され、サイゴンでは仏教への抑圧に抗し僧侶の焼身自殺が相次ぎ、仏教徒の抗議活動も頻発します。
  武器の奪取、テロから本格的なゲリラ戦へとNLFが勢力を増し活動を活発化させるにつれ、アメリカは軍事顧問団の派遣からはじまり、64年にはトンキン湾事件を引き起こし北爆、地上軍の派遣へと軍事介入を大規模化させて行きました。

  強力な米軍を相手とするたたかいとなったベトナム戦争に、転機をもたらしたのが68年の「テト攻勢」でした。テト(旧正月)の休戦を拒否した米軍と南ベトナム軍に対し、解放勢力側は全土で大規模な一斉攻撃を加え、一時アメリカ大使館が占拠され、米軍の放送局も占拠されて爆破されました。
  解放勢力側の文献では、NLFの小旗を多数作成する様子が記述されていたところからして、市民の蜂起を期待していたふしがみうけられますが、実際にはおこらず、占拠の部隊は孤立し、いわば英雄的な最後をむかえることになりました。
  このように、戦術的(軍事作戦的)には失敗に終わったテト攻勢ですが、戦争の終結は間近と聞かされていた米国民にとっては衝撃的なできごととなり、政権への不信と反戦世論がたかまり、その後パリ和平会談の開始、段階的撤退を掲げるニクソンの大統領就任へとすすむことになったことからすれば、政治・外交的には解放戦力側に大きく有利にはたらき、戦略的勝利に多大な影響をもたらしたことはいなめません。

  ヴォー・グエン・ザップの反対も押し切って実施されたという無謀なテト攻勢は、解放勢力側も甚大な損害を被り失敗しました。しかし、ふたたび解放勢力側は力をつけ、大攻勢をかける日がやってきます。歴史にもしもはなくても、歴史に必然はあるようです。歴史的偉業は、その人がなさなくても、かならず代わる人が出現してやりとげるとか。来るときは意外に早くやって来るものです。その話はまた次回に。

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↑FlightGearの世界のタンホア鉄橋(ハム・ラン橋)近辺。橋自体の3Dモデルもなく、写真で見る実際の風景とも違った印象がします。機体は橋を落とせなかった頃のF-4D。

タンホア鉄橋(ハム・ラン橋)
  歴史にもしもは、ないといわれます。
  ベトナム戦争は電子戦のはしりでしたが、今少し早くハイテク機器が導入されていたら、どうなったことでしょう。

  ベトナム戦争では、激しい地上戦の戦われている南部の解放勢力に、北部から兵器や軍需物資の補給が欠かせませんでした。これに対して米軍は、港や工業地帯、補給路であるホーチミン・ルートを断つべく、鉄道、橋梁、輸送車両、加えて対空網を目標に北爆を行っていました。

  ベトナム側は、橋や道路が破壊されるとただちに青年突撃隊や住民が修復し、夜間はまた照明代わりに白い大きな布をスカーフのように首に巻いて道端に立って輸送車両を誘導、果ては川底を平らにして道路代わりにして、戦車やトラックを通す道にするなどしてこれに対抗しました。

  防空でも、SA-2地対空ミサイルやMiG戦闘機を恐れて低空で侵入を余儀なくされた米軍機にたいして、通常の対空砲火ばかりか小銃まで使って迎撃。基地に帰投した米軍パイロットも、穴だらけの機体に肝を冷やしたそうです。

  こうした中で、タンホア鉄橋(ハム・ラン橋)は、幾度もの攻撃にもかかわらす北爆停止までの5年間、一度も落ちることがなく、逆に米軍の被害のほうがますばかりでした。しかし、この有名な鉄橋もあっけなく破壊される日がきました。72年の北爆再開の際のスマート爆弾という精密誘導爆弾(この時はレーザー誘導)の登場によるものでした。

  巡航ミサイルや格段の進歩を見せた暗視装置などが、当時使えていたならば、ベトナム戦争の様相はかなり違ったものになっていたのではないでしょうか。

  ベトナムの電子戦では、米軍機はチャフをまいてレーダーを撹乱、また照射元のレーダーの位置を割り出し反撃するなどして迎撃ミサイルの無力化をはかりました。ベトナム側は、攻撃後レーダーの電源を抜いて切ってしまう、あるいは爆撃後のB52が帰投する際に、結集し通過するポイントを予想して、無誘導のミサイルを多数打ち込みこれを撃墜するなどローテクで対抗もしていますが。いずれにしても、対空ミサイルの脅威をなくしてしまうことはできず、これを回避するために低空を飛行することで、地上からの対空砲火にさらされることとなり、ハイテクなら何も恐れるものはないとはいかないのも真実のようです。

  加えて言えば、湾岸戦争やイラク戦争では多国籍軍や米軍がハイテク兵器を使用し、一方的に戦闘をすすめて勝利しましたが、アフガンでは米軍の進攻でタリバン政権が崩壊したものの、その後タリバンは南部でを勢力をもりかえし、治安が悪化していることは、ハイテク兵器万能とはいえそうにないことをしめしているのではないでしょうか。
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バナナっぽい葉の3Dヤシ
  前に、「FlightGearにあるヤシは3種類しかなく」と書いたのですが、実は別に一つ変り種のヤシの木がありました。
  何か見かけた気がしたのは、カリブのセント・マーチン島のヤシの木。プリンセス・ジュリアナ空港で有名な島の、FlightGearの中のリゾートに生えてた記憶があったので、FlightGearのシーナリーのデータベースを調べてみたところ、3Dオブジェクトのヤシの木なのがわかりました。

  ついでに、ヤシの木も調べてみました。ヤシのなかでは、ココナッツのとれるココヤシが最も有名で、単にヤシと言えばこれだそうです。元々は熱帯アジア原産のようですが、15世紀にはカリブ海にも持ち込まれたということですから、FlightGearのセント・マーチン島のヤシの木も、ココヤシにまちがいないでしょう。

  先のヤシにかえて、我がジオラマのヤシの木を、こちらにしててみたのが、上の画像です。
  うーん、葉がバナナの木(正確には草)みたいで、いずれにしても何かしっくりしません。こうなると、写真でできたヤシがいいか3Dのヤシがいいかは、好みの問題になりますね。