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virt_flyのブログ

フライトシミュレーターソフトのFlightGearで仮想飛行を楽しむブログです。

「風立ちぬ」に出てきた航空機でFlightGearの世界を飛ぶ
  ひと月遅れで、FlightGearの新バージョンv.2.12.0が正式にリリースされましたね。Windows版ばかりかUbunt用のパッケージも遅れることなくPlayDebからダウンロードできるようになっていて、Ubuntu使いにはうれしいことです。

  さて今日は、宮崎駿の最後の長編アニメとなる「風立ちぬ」に関わる話題をとりあげます。作品の評価については意見が分かれていますが、それは横に置いておいておき、すなおに作品にたくさん出てきた航空機のうちから、FlightGearにある機体を飛ばして楽しんでみることにしましょう。

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↑Caproni Ca.3


【Caproni Ca.3】(上の画像)
  何といっても1番目にとりあげるべきは、主人公の二郎の夢の中に何度も現れるイタリアの航空機メーカーの創業者ジャンニ・カプローニがつくった機体でしょう。FlightGearにあるのはCaproni Ca.3という爆撃機です。第一次世界大戦後期に登場し、戦間期にも使用されたとされる機体は、黎明期を思わせる楽しい形をしています。
  エンジンをかけると勢いよく煙を吐くものの、プロペラはゆっくりとしたいかにも心もとなげな回転をしており、操縦桿の効きもよくなくて、FlightGearでは今にも失速しそうな飛行でした。。

【Junkers F.13】(右下の画像)
  2つ目は、Junkers F.13。主人公の二郎がドイツを訪れた際に、ユンカースの工場の片隅におかれたこの機体を、見つめる場面があります。世界初の全金属製旅客機であり、密閉式のキャビンには4名の乗客が搭乗できる、先進的な片持ち式単葉機だそうです。何と第一次世界大戦の終わりに開発されたということですから、先のCaproni Ca.3と時期が重なるところがありますが、とても同じ頃とは思えぬ違いを感じます。ユンカース機といえば思い出す、独特の波形ジュラルミン製の外皮をすでにまとった機体でもあります。
  さすがに、当時も先進的な機体であったからでしょうか、操縦もしやすくFlightGearでの飛行は軽快なものでした。

【Junkers G.38】(左下の画像)
  3つ目は、同じく二郎がドイツを訪問した際に搭乗したJunkers G.38。1929年に初飛行を行った、分厚い翼の中に客席をもつ巨大旅客機です。日本では、爆撃機として使用することをもくろみ、ライセンス生産が行われますが、速度の遅さから実際に使用されることはなかったそうです。
  4発といえども巨大機であり、FlightGearの機体でも操縦は重く、先のCaproni Ca.3と似て、失速しないように飛ばすのに気が抜けません。

  この他に、「風立ちぬ」に出てくる機体では、」もちろん零戦がFlightGearにもありますが、かなりポピュラーなのでここでは省略しましょう。

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↑Junkers G.38                ↑Junkers F.13


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VLCメディアプレイヤー を使って、動画ファイルをダウンロードする方法 
  外出中に動画や音楽を見たり聞いたり、あるいはFM放送を聞くのに、AppleのiPodまがいの中国製のパッチものを日常的に使っていることは、前にもふれたかもしれません。
  これを使用する際は、動画ファイルがAMVファイルでなければなりません。
  そこで動画ファイルを変換するのに、使えるソフトとして、eRightSoftのSUPERしかみつけれなかったこともあって、 これまで動画のとりこみは、Windows上でRealPlayerを用いてきました。
  ところが、最近動画がうまくとりこめなくなったのか、再生ができないファイルが多くなってきました。
  あまりにもひどいので、Ubuntuで適当なものがないのか探すことにしたところ、多様な動画フォーマットに対応した動画プレイヤーである、VLC media playerというのが使えることがわかりました。

  下記に示すようにすることで、いとも簡単に動画ファイルをダウンロードし、再生することができました。

  やっぱり、Linuxがいいですね。Windowsは油断すると設定が変えられたりして、わずらわしくてかないませんが、Linuxにはありえないことです。

 起動したVLCメディアプレイヤーの上部のバーから[メディア]を選択
→ドロップダウンメニュー中の[変換/保存]をクリック
→表示された「メデイアを開く」画面で[ネットワークタブ]を開く
→ダウンロードしたい動画のURLを入力
→[変換/保存]をクリック
→「変換」の画面にかわるので、出力用URLに出力ファイル名を入力
→設定のプロファイルには「Video-H.264+MP3(MP4)」(注)を指定
→[開始]をクリック
注)Video-WMV+MMA(ASF)を指定したときは、Totemでは再生ができません。しかもVLC media playerで再生時も出だしの映像が少し色調変化を起こします。
 
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↑統一会堂。元南ベトナムの大統領府。解放軍戦車の突入で1975年4月30日、ベトナム戦争は幕をとじます。ちなみにFlightGear的な話題としては、解放軍に捕獲されたF-5A戦闘機が4月8日に大統領府を爆撃しています。

ホーチミン作戦で戦争終結
  ベトナム戦争では、テト攻勢後、米軍は戦場をコントロールすることが徐々に困難になりつつありました。
  アメリカ地上軍の削減と地上兵力の南ベトナム化をすすめるためには、補給ルートを断つことが大事と、70年にカンボジアの政権をクーデターで替えてまでして、カンボジア領内、あるいは71年にラオス領内にまで南ベトナム政府軍を攻め入れさせ戦場を広げましたが、効果は一時的、あるいはヘリーボーン作戦で丘の上に兵員を下ろしたところを包囲殲滅され、支援の米軍ヘリも多数の対空砲火の餌食となり、大損害を受けて撤退する有様。

  72年には軍事境界線の南まで解放軍の戦車部隊を含む大部隊が進出し、クアンチ省が解放勢力側の手に落ちるにいたり、講和を急ぐニクソンは北爆を再開します。北ベトナムに多大な打撃を与えたということですが、軍民問わぬ無差別攻撃が国際批判を受け、短期間で中止となりました。しかし、これによりアメリカはパリ会談での停戦合意にこぎつけました。

  73年のパリ協定の調印により、米軍は完全撤退することになりましたが、軍事顧問団を残し、引き続き軍事物資の供給を続けました。南ベトナム政府軍は一定強化されたものの、士気は低下し、結局は北の軍事的圧力に押されることになり、その日がやってきました。

  北ベトナムは、南部解放に向けて75年3月10日に全面攻撃を開始、中部高原ダクラクの省都バンメトートを1日で陥落させます。敗れた南ベトナム政府軍は雪崩現象を起こし、フエ、ダナンと次々に敗走。これを見て、北ベトナムはヴァン・ティエン・ズンを司令官にサイゴン解放作戦の発動を決定しました。世に言うホーチミン作戦です。進撃の勢いは増し、見る間にサイゴンまで迫り、ついに4月30日に解放軍の戦車が鉄柵を倒し大統領官邸に突入、南ベトナム政府の降伏で幕を閉じることになりました。

  当初2年は見込まれていたサイゴン陥落まで、わずか2ヶ月あまりでした。歴史の必然性とはいえ、市民の蜂起が得られず失敗したテト攻勢を思えば、南ベトナム政府軍の総崩れによる劇的な勝利は、隔世の感があります。