12月に入って急に冬らしくなったなぁ、など呟きながら

午前中は真冬のような寒さにふるえた。

あれこれひと段落し、すっかり暮れた頃に地上に出ると

夜の闇はぬるい空気に満たされていた。

たった半日の間にいくつ季節が戻ってしまったのか…。

このぬるい風は、カラダを覆う皮膚細胞のすべてが記憶している。

肌馴染みのいいこの風を頬に感じると、居ても立ってもいれなくなる。

今も昔も変わらず、

夏の夜虫のように都会の灯りめざして飛び立ちたくなってしまうんだ。


『そぞろ神の物につきて心をくるはせ…』
(奥の細道)


青山学院の脇を抜け、六本木通り近くにそのバーはあった。

深夜まで飲んで発散させることが、翌日の仕事の活力になっていた頃だ。

店へ続く並木道を、気持ちを高揚させながら歩いた。

ぬるい風の吹く初夏の頃には、

街路樹が樹液を発散させ、あたりはいい香りに満たされていた。

重いドアを開け、定位置にすわると

Tanquerayの緑のボトルとトニックウォーターにライムが運ばれてきた。

「おつかれ。食べる?」

「うん。ぺこぺこ…」

なんて最小限の会話で済むほど、その店で過ごす時間は日常に組み込まれていた。

…時が流れれば、街も人も変わる。

今、その店はオーナーも変わって、すっかり様変わりしてしまったようだ。

今夜のようなぬるい風が誘うと、育った水にもどりたくなったりもするけど、

もうあの街路樹の通りを歩くことはないだろうな。