
今の人類の
社会システムの破壊でなく「配置」を変える、
ということなんです。インスティテューショナル・リコンフィグレーション(再配置)なんですよ。
学生たちに話したら「それはリコンストラクションじゃないんですか?」って言われたんですけど、私は、それは脱構築じゃないと思ってるんですよね。
こういう話を書いていたら、オランダ人研究者の方で、欧州委員会でAIをずっとやっている方が「それ、ステート・キャパシティ――国家能力の再定義みたいなものですよね」と言っていて、ああ、こうやってリーグがだんだん作られていくんだって思いました。
何が言いたいのかと言うとですね、自分がやるべきことに対して、自分自身で一つの意思を持って、やっぱり歩いていく。
それが、一体どんな意味を持っているのか、ということなんです。私の場合、30年かかりました。
だから、ベルリンのポツダム広場にいた時もですね、別に「帰りたい」とは思わなかったんですけど、どこか、そこはかとなく感じるものがあった。
でも今は、こういう形でグローバル・トロッターとして動いている。
パリに行って、ベルリンに行って、午後には暗号資産のシステム開発で重要なコーディングをやって、夜にはフィルハーモニーいって、プラハに行くんだ、みたいな。
そういう時代になっている。その中で、「この思いとは、一体何なのか」ということなんですよ。ここで重要なのが、
「開かれた系」
という考え方なんですね「人体が開かれた系になる」とは、
一体どういうことなのか。
どういう手段で、どういうプロセスで、人がそうなっていくのか。昔みたいに苦行が必要というわけでもない。今からは、だれしもがそうなる、
DNAのレベルで宇宙からの量子情報が得られるようになる、ことが明らかになってきている。
量子情報に触れることで、人体には、ある段階から変化が始まる。そして、おそらく日本から生じるだろう、ということなんです。
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