皆さまーっにま~

お加減、如何あらしゃいますでしょうか・・ポッ


さて、雨そぼ降り、冷え込みもやや強かった先日、

大切な学びの友であるお二人に、ありがたくも依頼頂戴し、

残念ながら先月、閉幕致しましたが、

東京は府中市美術館で開催されておりました、

「ミレー展」

にちなみました絵画鑑賞に関するお話(講演)会を、日野にて、

開催させて頂きました・・



そのお二人が、その日の模様を、

ドライアイ気味の我が瞳、涙でうるみ
涙、かすんでしまうほどの

嬉しきおことばと、私にとっては最大の賛辞をいただけた、と感動致しました、

素敵な素敵なご感想を、記事にしてくださいました・・
きら


是非、ご覧になってくださいませ・・涙


多彩な しのぶ さん 手クリック!     

ママさんセラピスト かよ さん 手クリック!


 「ジャン=フランソワ・ミレー」

1814年、フランス北部の農村の、敬虔なカトリック教徒である一家の

8人兄弟の長男として生を受け、そして幾度となく生活の場を移しながらも

その人生を、


最初の妻を病で亡くしたのちに一緒になった、

自分をいつもあたたかく支えてくれた、明るくてやりくり上手、

気立てのよい妻と、
愛すべき9人の子どもたちとともに生き抜き、

最期を、
パリからほど近い、バルビゾン、という自然豊かな地で迎えたミレー。



今回の展覧会は、ミレーの作品のみの展示、という、

大型の美術館の企画としては、やや異例かと思われながらも、

ひとりの人物の、その人生に、やわらかなスポットライトを当てたかのような、

ミレーその人と、そして、その人生の折々に、想いを込めて描いた

多くの絵画の展示に、時間を忘れての鑑賞叶うものにございました・・。

 

 

 



~落ち穂拾い、夏 (38 ×29.5cm) 1853年 山梨県立美術館蔵~
 

 

 

 

 

 

 

 



参考(今回は展示されておりませんでした)
    ~落ち穂拾い (83.5 × 111cm) 1857年 パリ・オルセー美術館蔵~


 

あまりにも有名な、彼の代表作の画題のひとつです。


今回、この展覧会で展示されておりましたのは、上の作品です。


たくさんの藁が、人の背丈の何倍も、うず高く積み上げられる際に、ふわりと巻き上がる、

少し煙たい空気と、初秋の午後のやわらかな日差しが入り混じったような感じが、

なんとも身近に感じられます・・。


代わって下の作品は、いっとき、彼が居を構えてもおりました、パリの、

駅舎を改築してつくられた、採光うつくしきモダンなデザインの、

オルセー美術館所蔵のものです。


人物の描写や構図は酷似しておりますものの、その背景ののびやかな広さと、そして

画面右隅にちいさく見えております、馬に乗った人物・・

(この人物はいったい誰なのか、また、何故、このような広大な土地の

片隅に描かれているのか・・なども、お話に組み込ませて頂きました・・
にこにこ


などが、異なる部分です。 




そして・・何より・・そもそも、

”落ち穂拾い”

とは、いかなる意味を持っていたのでしょうか・・?



日本の整然と株の植わった稲田とは、趣や手法も異なり、

穂を借り入れたのちの土の上には、多くの”落ち穂”が、残されていました。


当時、農民たちは、小さいながらも自らの土地を所有し、その実りを心待ちに・・

と、作業していた訳でなく、

いわゆる、資産階級の所有する広大な土地を、委託されて耕していたに過ぎず、

その作業を終えたのち、貧しい生活の足しに、自らと家族の命をつなぐため、

落ちている穂を、あの腰を折った、辛い姿勢を続けながら拾い集めていたのです。


旧約聖書でも、”貧しき者たちの数少なき、大切な権利”、としてうたわれており、

土地の持ち主が落ち穂を拾う作業をすることは、厳しく戒められていたそうです・・。



お恥ずかしながら、私も今回、学んだことで初めてその意味を知り、

その上であらためて絵画を見直すと、

その画面から静かに流れ出てくる、作者と、そして描かれた人物たちの想いが、

のどかな田園風景を描いた優しい絵画、というものからはまったく違う、

なにか熱いもの、を、感じずにはいられませんでした・・。




 

 

 

  ~子どもたちに食事を与える女(ついばみ) 1860年頃~


また、ミレーは、農民たちの、真面目に、ひたむきに労働に打ち込む姿を

多く描きながらも、
彼らの表情、は、日を背にした影に隠され、

あまり表現することはなかったのですが、


この作品では、末っ子の妹に食事の順をゆずる、優しい姉たちのまなざしと、

母の腰掛けがちょっぴり浮いた様子、そしてその母の、

まるで聖母マリアを思わせるような、やさしい赤と青の衣服の色、

また画面右端には、いとおしい家族のため、懸命に鍬を打ち込む

父の姿が描かれており、まるで、ミレー自身と、そして家族を

描いたかのような、表情ゆたかな、優しい視線の作品です。


他にも、肖像画を描いていた頃の作品や若き日の自画像、また、

かのゴッホも模写をした作品たちも、展示されておりました。

       
   
 「種をまく人」

 

 


  ~1846年 個人蔵(府中市美術館寄託)~


 

 

 

                  参考(今回は展示されておりませんでした) 
                       ~1888年 オランダ クレラー・ミュラー美術館蔵~
                            


雲行きも怪しく感じる、トーンを落としたミレーの作品に対し、

ゴッホの、力強き、鮮やかなレモン色の太陽まばゆきその画風は、

まるでまったく別の絵のようですが、大きなインスピレーションを、

夭折した炎の大画家、に、与えたことは間違いないと感じます・・。



・・1時間をかけて、ミレー、その人の歩んだ人生・・

真摯に労働する者たちに、そして、偉大な自然に対する畏敬の念を持ち続け、

時にその階級差に怒りをも持ち、

そしてその時々のフランス国内の世情、美術界の風潮、そして最愛の家族

・・など、彼を取り巻いた様々な想いや要素、などを織り交ぜながら、

お話させて頂きました・・
にこっ



単なる農民を描いた画家、では決してなく、

人間と大地、自然の営み、1年のサイクルを描き続けた、

19世紀では、かのドラクロワに次ぐ大画家、でもあった、ミレー。

 

 



参考(今回は展示されておりませんでした) 
  
ヴィジェーヌ・ドラクロワ ~民衆を導く自由の女神 1830年 パリ ルーブル美術館蔵~

 

 

 

 


また、こういった、美術展に関連するお話会は、ぜひとも、

続けて参りたいと思っております・・
キラキラ


今回、ご聴講くださったおふたりとのお話で、次回は

レオナルド・ダ・ヴィンチについてを聞きたい
投げKISS

・・と、またも嬉しきリクエストを頂きましたので、


まずは彼の”人生”について、そして折々に描いた作品などについて、また、

稀代の大天才ではありながらも、我々と同じく迷いも感じ、

その終焉の地は、祖国・イタリアではなくフランスであったこと、

その最後の時まで、あの「モナ・リザ」を身近に置いていたこと、

(ゆえに、かの世界一、有名な名画は、フランスにあるのです・・
ううっ・・・

なども絡めて、楽しくお話出来たら、と考えております
びっくり


また開催の折には、こちらでもお知らせさせて頂こうと思っております・・ポッキラキラ

ご都合付かれるようでしたら、皆さまも是非、ご参加くださいませ・・



因みに・・

今回、タイトルにも”其の四”と銘打ってございますが、

前三回のお話会の際の模様は、こちらでご覧いただけます・・
キャッ


ヴィオの絵画講座 ~其の壱・其の弐~

ヴィオの絵画講座~聖堂編:其の参~


ただ、リンク先が見れなくなっておりましたり、

1年以上前の自身の綴った文章には、
お恥ずかしさ隠せぬ部分、多々、

ございますが、こんな心持ちで、
そしてこんな雰囲気で開催させて頂きました、

という雰囲気はお知らせできるかと存じますので、

宜しければ是非、ご覧くださいませ・・
ポッ


本日もご訪問、ありがとうございました・・にこっ