実家での生活はあまりにもゆっくり時間が流れる為、色んな事を考えてしまいます。

今日も今年を振り返ってみたり、これからの事を考えてみたり・・・

今年の振り返りは明日書くことにして、今は自分と歌の関係について考えた事をちょっと書いてみる。

その前に歌と私の歴史を書かなきゃダメかな。

ちょっと長くなりますが、お付き合い願います。

 

私は小さい頃から歌が好きで、人目も気にせずそこいらで歌うような子だった。

自分にとって「歌が特別」っていう認識はまだ無かったけど、当たり前のように私の生活の中にあって、空気みたいなものだった。

歌が好きだって事すら特に意識していなかった気がする。

それが小学校4年生くらいの時かなぁ?

音楽のテストで歌った時に先生が凄く褒めてくれた。それも私だけ。

小4までのことはあんまり覚えてないんだけど、その時のことは良く覚えてる。

「すごーい! 澄んでていい声!!」

先生にそう言われて凄く嬉しかった。

素直で純粋だった少女アイリは、ちょっと真に受けた 笑

そこから少しずつ歌うという事を意識し始める。

 

小5の1学期までいた学校は、普通の朝礼と、みんなで歌を歌うだけの朝礼があって、朝礼の時の校歌も、歌の朝礼の時の歌も、そりゃあ一生懸命歌った。

小4にもなるとみんな徐々に恥ずかしがり始めて周りはあまり歌わなくなる。

でも私は構わずに大声で歌っていた。

そんなある日、列の前の子に言われた一言。

「あいりちゃんの声、すっごく大きいね」

今思えば何てことない言葉である。

でも繊細で小心者だった少女アイリは、その言葉に何故かショックを受けた。

「人前で歌うのって恥ずかしいことなんだ」

そう思うようになってしまった。

それからは家族の前でさえも歌わなくなった。

鼻歌を聞かれるのも嫌だった。

でも歌う事が好きな気持ちは変わらなくて、家族が出掛けている隙にこっそり一人で歌ったりしていた。

そんな生活はかれこれ高校時代くらいまで続いたかなぁ?

人前できちんと歌を披露する場、例えば学校の音楽の時間、カラオケなどで歌う事にはなんら抵抗はなかったんだけど、必要のないとこで歌うのは極力避けてきた。

前述の通り鼻歌も嫌だったし、「あの曲のメロディーどんなのだったっけ?」と聞かれても、歌いたくないが故に「わかんない」と言ったりしていた。

それくらい、あの言葉は結構トラウマになった。

今思うとホント大した事ないんだけど 笑

 

そして中2の時、ロックに出会った。

それまでは今からは想像もできないアイドル系な少女アイリだったんだけど、ロックを知ってから凄まじい変貌を遂げた。

ロックに感染した感じ。

明るい子だったんだけど、一気に影のある変な子になった。

反抗期もなく精神的にも健康に育ってきた分、反動が大きかった。

突然目が開けたかのように色んなものが見えるようになり、色んな事を考えるようになった。

それを日常的に表現できなかった私は、それを作曲や作詞に向けるようになった。

それからは歌う事の位置づけも「好きな事」から「自己表現」に変わっていった。

この頃の自分は今思い出すと相当痛くてキモいけど、感性は今より良かった気がする。

昔描いた絵とかは今見ても凄いと思うし、我ながら当時の自分はアーティストだったと思う。

こんな感じでダークな鬼才ぶりは高校卒業まで続く。

 

高校時代は女だけのV系バンドを作ってかなり本気で頑張ってた。

あの頃はホントに命を賭けて歌っていた気がする。

色んな構想を練っていて、そのまま続けていたら今頃面白い事になってたんじゃないかと思う。

が、しかし。

大学入学後間もなくしてそのバンドは解散してしまった。

物凄く思い入れがあったバンドなだけに、

「このバンドで無理だったなら、いっそ音楽もやめてしまおう」

そう思った。 

本気で音楽に向き合う事はもうできなかったけど、でも歌う事は忘れられなかった。

当時大学の軽音部に所属していたので、それからはそこで細々と歌うようになった。

 

でもそれも長くは続かなかった。

詳しくは書けませんが、その後の大学生活やプライベートで辛い事が立て続けに起こり、私は大学に行かなくなった。

同時に、心に歌う余裕もなくなった。

将来にも失望して、途方に暮れ、そこで私は全てを捨てる覚悟をした。

親の反対を押し切って大学を辞め、札幌に出ようと決心した。

その時はただ現実から逃げたかっただけかもしれないけど、そのまま地元にいたら腐ってしまいそうな気がした。

地元にいれば家族もいる、友達もいる。

その包容力に甘えて、ずるずるダメになってしまう気がした。

そう決めてからは必死にお金を貯めて、翌年の春には札幌に出た。

 

新たに人生をやり直そうと思い、札幌で入学した美容学校では自分より2つ年下の子達に混じってそれはそれは熱心に頑張った。

でも突然企てた反乱へのしっぺ返しなのか、頑張れば頑張るほど私は空回っていった。

無理がたたって体調を崩した。

さらにその上に色んなことが重なり、精神も病んだ。

結構重度の鬱病で、学校にもほとんど行けなくなった。

札幌に出ても、私は結局何も変わってなかった。

逆に、事態は更に悪化した。 

自分を責めて、死んでやろうとも思った。

でも、そんな私を家族は責めなかった。

病気の事も理解して、受け止めてくれた。

そんな親の為にも学校はちゃんと卒業しようと思った。

それからしばらくは病気との闘い。

もちろん、歌なんて歌う余裕も、そんな気力もなかった。

 

でも病気が少し落ち着いてきて、ちょっとだけ考える力が戻った時、何の楽しみもなく部屋に引き篭もる自分に恐怖を感じた。

このままじゃ本当に廃人化するんじゃないか?

そこでふと歌うことを思い出した。

「歌を歌えばまたもとの自分を取り戻せるかもしれない」

直感的にそう思った。

病気はまだ完治してなかったけど、治療の為にも音楽活動を再開しようと考えた。

そこからが歌と私の、第2の人生の始まり。

 

 

というのが今までのお話!

・・・長いよっ('A`)

ってなわけで続きは後編で☆