新撰組魂録勿忘草 ~近藤勇~①
ネタバレございます。
ワタシ目線で勿忘草を語ります。一部脚色がございます事をご了承の上お読み下さい。
大人な表現が含まれます。ご注意願います。
それでもOKの方・・どうぞお進み下さいませ~。
*新撰組血魂録勿忘草 近藤勇~
CV:井上 和彦
-慶応2年-
池田屋事件から2年と数か月が過ぎた頃。
近藤は以前にもまして多忙になり、幕府に提出する報告書が多くなった。
元々、その手の事が得意でない近藤は、一向にはかどらない報告書を前に
うんざりしていた。
襖を開けたなりにしていた部屋の前をワタシが通りがかると
近藤さんに呼び止められた。
「お嬢さん、良い所に来たね、お入り。」
「はい。」
ワタシは部屋へ入り、襖を閉じた。
「今夜の仕事はもう、片付いたのかい。そろそろ水が冷たくなってきたから、手が荒れ始めているんじゃないか。どれ、見せてごらん。」
ワタシは少し離れた場所から、遠慮しがちに手を差し出した。
「そんな所から差し出されても良く見えないよ。」
近藤さんは苦笑しながら言う。
もっと側に寄ってと言われる。ワタシは少し距離を縮めて座ろうとしたところ、
手を取られ前のめりになる。
「・・・恋人同士なんだから・・。」
次の瞬間には、近藤さんの腕の中に居た。
「ほら、これくらい近くなければね。」
少し笑いながらワタシを抱き留める。
こういう悪戯な所がワタシは好きだ。
いつもは大人でご立派なんだけど
ワタシの前ではまるで子供のような態度を取る時がある。
何故か幸せな気持ちになるのだ。
「お嬢さんは相変わらず抱き心地が良い。この腕の中にあまりにも丁度良く納まるものだから、お嬢さんはこうして俺に抱き締められる為に生まれて来たんじゃないか・・・なんて考えてしまうくらいだ。」
一人の時はワタシの温もりや、柔らかさを思い出すと
ワタシの髪を撫でながら話す。
「隊士達の目が無かったら、絶対毎晩、君を抱いて眠るのだけどね。」
「こ、近藤さん、手の荒れを見るのでは無かったのですか・・。」
「あ・・そうだったね、どれどれ。」
ワタシを抱き締める手を緩め、ワタシの手を取る。
「良かった、荒れていないようだ。でも、油断は禁物だ、少しでも痛みを感じるようになったらすぐに言うんだよ。山崎君に良く効く薬を出してもらうから。」
ワタシの手の甲をポンポンと叩く。
「近藤さんは、少しワタシを甘やかし過ぎです。」
「あはは、何を言ってるんだ、愛しい人の心配をするのは当然だろ。」
目を細めてワタシを見る。
恥ずかしくなって視線を逸らしてしまった。
他の隊士にばれないにワタシと関わらないようにしていると
近藤さんは言う。
「こうして二人きりの時くらい、甘やかして良いだろ。俺はね、とにかくお嬢さんを可愛がりたくて仕方無いんだ・・許されるのなら一日中、君を抱き締めてのんびり過ごしたいものだよ。」
我ながら今のは、良い案だと近藤さんはワタシの解れた髪を
弄ぶ。
「どうだろお嬢さん、隊士の目が届かないよう、何処かの宿にでも籠って、俺と一日、くっ付いて過ごすと言うのは。」
「お忙しいのに、そんな時間、取れないじゃありませんか。」
土方君のような事を言うと、近藤さんは苦笑いをする。
「もう少ししたら俺の手が空くかもしれないだろ。」
「さぁ、それはどうでしょう。」
ワタシは積み上げられた報告書を見て言う。
「良いじゃないか、お嬢さんが気にする必要なんてないんだよ、俺は今はこうして君と居たいんだから。」
ワタシを自分の方に向かせ、抱き寄せる。
「ん・・でも・・」
「仕事はちゃんと終わらせるから、大丈夫。それより今は君の方が大事だよ。最近はお嬢さんを構えてなくて辛いんだ。もうちょっとこうされてくれ。」
近藤さんはいつものように、優しくふわりと抱き締める。
「癒されるな、お嬢さんとこうしてると、ゆっくりとだけど、やる気が出て来るよ。」
「本当ですか。」
近藤さんの胸に顔を埋めながら、ワタシは聞いた。
「う・・ん、でももう一声欲しいな、どうだろお嬢さん、俺のやる気が出るように手伝ってくれないか。」
「何をすれば。」
「簡単な事だ、お嬢さんから、口付けをしてくれれば良い。」
「えっ。」
ワタシは顔を上げ、近藤さんの顔を見た。
「そうしたら俺は気持ちを切り替えて、文机に向かうと約束するよ。」
切れ長の目が窓から差し込む月の光のせいで
銀色に輝く。
本気を出すと手際良く仕事を熟すと近藤さんは言う。
「どうだい、口付けをくれるかい。」
(う・・もう仕方無い人ね)
目を閉じて口付けを待ちわびている唇に、そっと自分の口元を寄せる。
不服そうに目を開ける近藤さん。
「ん・・おや・・これで終わりかな。随分と可愛らしい口付けだ。」
(だ、だって、これ以上は無理ですもん。)
「お嬢さんらしいね、些か物足らない気もするが、仕方ない。自分で言い出した事は守らないとな。そろそろ仕事に取り掛かるとしよう。」
ワタシは部屋を出ようと立ち上がると
近藤さんに引き留められた。
「言い忘れていた事がある。次は何時こうして二人で逢えるか分からないから、今のうちに言っておくよ。」
「はい。」
「・・暫く俺は今以上に、忙しくなる。恐らく、ろくに屯所にも居ない日が続くだろう。今、新撰組は色々と難しい時期でね、お嬢さんには淋しい思いをさせる事になるが辛抱して欲しい。」
「・・分かりました。」
「代わりと言っては、なんだが、落ち着いたら二人で出掛けないか。」
「良いんですか。」
「宿に泊まるのは無理でも、一日お嬢さんと出歩く日を作る事くらいは出来るはずだからね。」
ワタシは嬉しくて笑顔で応えた。
「ほら、以前二人でまた"市"に行こうと約束したのに、果たせていないだろう、あれがずっと、気になっていたんだ。」
「だから、もう一度約束しよう。近いうちに二人で出掛けるぞ、絶対だ。良いね。」
「はいっ、絶対、約束ですよっ。」
喜ぶワタシを、目を細めて見詰める近藤さん。
「今から、楽しみだね。その日はとにかく、お嬢さんを構い倒す事に全てを奉げるぞ。」
「かっ、構いたお・・す、ですか。」
「覚悟しておくように。」
近藤さんは、謎の笑顔をワタシに向けた。
「それじゃ、暖かくして眠るんだよ。お休み。」
「お休みなさい。お仕事頑張って下さいね。」
ワタシは、近藤さんの部屋を出て自室へと帰った。