中学受験のクラスは、上から下はあっても、下から上はありません。

 

少なくとも私は、下から上がった子を見たことがありません。

 

分岐点は小4後半です。

 

強い言い方なのは分かっています。統計の話ではなく、わが家の経験と、私が見てきた範囲の話です。ただ、下の子の2周目の計画は、この前提で組んでいます。

 

上の子のとき、何が起きたか

息子は、上のほうのクラスにいました。国語は得意で、算数が課題でした。

 

小4後半には、もう兆候がありました。当時の私は、それを兆候として見ていませんでした。テストの結果が悪くなかったからです。

 

宿題も、終わったかどうかだけを見ていて、どこが分かっていないかは見ていませんでした。

 

今振り返ると、上のほうにいたころから、できているように見えて、実は身についていませんでした。親の私は結果だけを見て、中身を確かめていませんでした。

 

小5で、算数が崩れました。速さ、図形、割合と比、特殊算。単元でつまずいたところに、宿題の量も回らなくなりました。

 

クラスは一度下がると、戻りませんでした。

 

親が打った手は、ひとつだけだった

算数が崩れたあとも、私はしばらく待ちました。「5年は真ん中でも、6年で伸びればいい」。親がそう考えていました。

 

わが家では、6年で伸びることは起きませんでした。

 

小5の夏ごろからは、私が平日も休日も朝早くから算数を教えました。小6のゴールデンウィークも、どこにも出かけずに続けました。

 

あとから分かったことがあります。小5の夏休みは、大きく手を入れられる最後の機会です。そこから先は、乗った流れについていくしかありません。小5の2学期には、急流に乗るのか、ゆるやかに蛇行する流れに乗るのか、どの流れに乗るかが決まっていきます。

 

私が教え始めたのは、その最後の機会でした。ただ、兆候が出ていたのは、その半年以上前の小4後半です。

 

家庭教師を足すことも、宿題を減らすこともしていません。打った手は、親が直接見ることだけでした。オンラインの個別指導や教材もいくつか探しましたが、合うものは見つかりませんでした。

 

届きませんでした。親は先生ではありません。教え方も、うまくなかったと思います。

 

今思うのは、根っこにあったのは苦手意識で、苦手意識を持たせないことのほうが先だった、ということです。

 

なぜ、下から上がらないのか

理由は単純です。算数が積み上げだからです。

 

クラスが下がるとき、原因はほぼ算数です。「できない」というのは、その学年で身につけるはずのところが、身についていないということです。算数は、下の段が抜けると、上の段を積めません。

 

小4後半は、塾が本格的に始まって約1年。わが家では、最初の1年分の土台の穴が、ここで表に出始めていました。

 

国語がどれだけできても、算数ができないと届きません。上の子のときに、それを見ました。

 

上のほうにいる間に穴を埋めるのと、下がってから埋めるのとでは、使える時間がまるで違います。下がってから埋めようとすると、前の学年の穴と、今の学年の新しい単元を、同時に追いかけることになります。わが家は、そこで追いつけませんでした。

 

どの時点で、何が起きたら手を打つか。それを先に決めておくのが、私の仕事のやり方です。中学受験でいえば、手を打つ合図は「クラスが下がったとき」では遅すぎます。「上にいるのに、中身が抜けていると分かったとき」です。

 

ここで言う「上のほう」は、塾の上位のクラスのまとまりのことです。その中で多少上下するのは、気にしなくていいと私は考えています。テストには波があります。

 

気にすべきなのは、上のまとまりから外へ出ていくことです。そこから先は、戻る道がほとんどありません。

 

決め手は、成績表に出ない

上にとどまれるかどうかを分けるものとして、一周目を終えて私が出した答えは4つです。生活習慣ができているか、負けず嫌いか、細かいところにこだわれるか、同じことを毎日繰り返せるか。

 

どれも、成績表には出ません。算数の積み上げは、同じことを繰り返し、細かいミスを指摘され、次までに直す、の連続です。4つは、その連続に何年も付き合えるかどうか、という話でもあります。

 

上の子と下の子で、見方をいちばん変えたのは最後の「繰り返せるか」です。息子のとき、親の私が見ていたのはテストの点数だけで、毎日同じことが回っているかは見ていませんでした。

 

娘は今、小2です。手作りの紙に、横に日付、縦にドリルなどの項目を並べ、終わったらシールを貼っています。この紙で見ているのは、正解の数ではありません。同じことを毎日回せているか、です。

 

残りの3つも、小4後半になってから急に身につくものではありません。だから下の子では、小2の今から家で見ます。そして、娘の小4後半を、いちばん注意して見る時期にします。テストの結果がいいときほど、中身を確かめます。

 

家の勉強そのものを下の子でどう変えたかは、次の記事で書きます。

 

止められたとしたら、小4後半でした。上にいるうちに、穴を塞ぐべきでした。

息子の中学受験の結果が出た日、残ったのは悔しさでした。

 

終わってから分かったことが、たくさんありました。いつ、何が起きるのか。どこが最後の分かれ道だったのか。始める前に知っていれば、と何度も思いました。

 

あのころ、こういう記録を読みたかった。先に一周した親が、何をどこで間違えたのかを、そのまま書いた記録です。

 

そして、同じことを知らないまま走っている家は、今も多いと感じています。わが家も、そうでした。

 

上の子の一周目を、悔しさのまま終わらせたくありません。下の子の2周目で、それを使います。これから走り出す家にも使ってもらえるように、ここに残します。

 

中学受験は、2月1日に満期が来る投資です。
途中で売れません。延期もできません。

 

投資の仕事をしている私が、自分の家でいちばん大きな投資をしたとき、やったのは仕事ならまずやらないことばかりでした。

 

それに気づいたのは、息子の算数が小5で崩れたときでした。

 

このブログは、上の子(息子)の中学受験を一度終えた父親が、下の子(娘)の中学受験を「2周目」として記録する場所です。娘は今、小2。最終回は2031年2月1日です。

 

先にお断りしておくと、子どもを投資の対象と見ているわけではありません。締め切りが動かないことと、逃げ道がないことを説明するのに、仕事の言葉がいちばん正確だからです。お金を増やす話でもありません。

 

最初の記事なので、私が中学受験をどう見ているかを書いておきます。これから先の記事は、すべてこの見方の上に置きます。

 

締め切りが決まっていて、途中で降りられない

「満期」は投資の言葉です。取引でいえばクロージングです。中学受験では、それが2月1日。延期はできません。

 

1月に受ける学校があっても、本番は2月1日です。準備が間に合っていても、いなくても、この日は動きません。

 

ふつうの投資なら、外れたときの備えも、手放して乗り換えることも、値が戻るまで待つこともできます。

 

中学受験には、そのどれもありません。子どもに賭けるしかなく(専門用語では「ロングオンリー」と言います)、乗り換えに当たる転塾は何度も使える手ではなく、2月1日は待ってくれません。

 

併願校を散らせばヘッジになる、と一周目の私も思っていました。こんな、デルタもベータもヘッジできないものを、こちらの世界ではヘッジとは呼びません(笑)。

 

……すみません、つい仕事の言葉が出ました。言い直します。併願校を増やして散らせるのは、学校ごとの人気の上下や、問題との相性くらいです。受けるのは同じ一人の子どもで、親はその一人に全部を賭けています(デルタ)。本人の調子が崩れれば、どの学校の結果にも同じように響きます。中学受験全体の人気が上がって、どの学校の合格ラインもまとめて上がれば(ベータ)、それも避けられません。

 

そして今は、そのベータが歪んでいます。子どもの数は減っているのに、首都圏の中学受験者は4年続けて5万2,000人を超え(模試会社の推計)、受験率は過去最高に近い水準です。学校の席の数は、ほとんど増えません。需給で、合格ラインがまとめて押し上げられたままの状態です。

 

高校の授業料無償化は、この流れをさらに強めると私は見ています。私立の中高一貫校に入れば、高校3年分の授業料の負担が軽くなるからです。

 

賭ける先も、一人に一回だけです。上の子には上の子の一回があり、下の子には下の子の一回があります。やり直しはききません。

 

わが家も途中で一度、転塾しました。決めたのは親です。理由は家庭との相性でした。ただ、転塾は一度使うと、次はもう使いにくい手です。

 

後半に打てる手は、ひとつしかない

この3つがそろうと、後半に打てる手はほとんど残りません。残るのは、うまくいっていない所に、時間とお金を足し続けることです。株の世界で言う「ナンピン」と同じです。

 

わが家も、これをやりました。親の私が算数を教えた期間は、小5の夏ごろから入試まで、約1年半です。最後は理科の計算問題も教えました。それでも届きませんでした。

 

効いてくる前に、2月1日が来ました。

 

締め切りが近いほど、足した時間が効いてくるまでの余裕がありません。だから勝負は後半ではなく、前半で決まります。どう始めるか。そして、中身を早く確かめるか。

 

これから中学受験を考える低学年の親にとって、これは悪い知らせではありません。前半で決まるということは、まだ手を打てる時期に、打つべき手があるということです。

 

後半になってから足せるのは、時間とお金くらいです。前半なら、習慣も、始め方も、見るものも選べます。

 

締め切りが動かない投資で怖いのは、外れることより、外れていることに気づくのが遅れることです。前半に中身を確かめておけば、気づくのが早くなります。

 

早く始めればいい、という話でもありません。娘が塾に通い始めたのは、小2の途中からです。前半で決まるのは、始めた時期そのものより、始めた時点で何を見ると決めたかです。

 

一周目の私が、しなかったこと

一周目を振り返ると、仕事なら当たり前の4つを、自分の家では一つもしていませんでした。始める前に見立てを立てる。数字の裏の中身を確かめる。うまくいっていなければ早めに手を打つ。最後の判断は自分でする。

 

いちばん分かりやすいのは、最後の一つです。息子の進学先は、一度も見学に行かないまま、塾の先生に勧められた学校に決めました。受験校の組み合わせも、塾の先生が中心になって組みました。

 

息子の問題ではありません。判断したのは、すべて親の私です。

 

下の子では、この4つを逆にやります。中でも最後の一つは、もう決めています。受験する学校は必ず自分の目で見て、受験校の組み合わせは親が組みます。

 

ブログ名の「DD」も仕事の言葉で、「決める前に、自分の目で調べ尽くすこと」を指します。一周目でいちばん足りなかったのが、これでした。

 

このブログの読み方

2周目には、ひとつだけ有利な点があります。どの時期に何が来るのかを、先に知っていることです。その「先に知っていること」を、読む人にも使える形に、4つの言葉で分けています。

 

仕組みは、塾や入試の制度の動き方です(クラス分けや転塾の扱い、など)。構造は、がんばり方では動かせない形です(2月1日、算数の積み上げ)。環境は、家の外からかかる力です(「周りがみんな行くから」の入塾)。

 

もう一つが、見えている数字と中身のずれで、このブログでは「歪み」と呼びます。できているように見えていたことや、「6年で伸びる」という思い込みが、これに当たります。

 

このブログでやることは、一文で書けます。一周目で見えた中学受験の仕組み・構造・環境・歪みを整理して、二周目の行動を考える。

 

クラスが下から上がらないのも構造の一つで、次の記事はその話です。

 

記事はどれか1つを入口にして、最後は「一周目で分かったこと」から「二周目にどう動くか」に戻ってきます。上の子のときの振り返りもあれば、娘の今の記録もあります。

 

娘については予測を書き、時期が来たら答え合わせをします。外れても公開します。

 

この見方で、分からないこと

この見方にも限界があります。比喩はあくまで道具で、全部を説明できるわけではありません。

 

いちばん大きいのは、息子の中学受験がよかったのかどうか、私にはまだ判断できないことです。本番の結果は、予想より悪いものでした。それでも、よかったか悪かったかは、まだ決められません。

 

それから、満期は終わりではありません。2月1日の翌日から、次が始まります。

 

中高一貫校の授業は速く、深く、入学してからも勉強は続きます。中高一貫校の生徒向けの塾もあります。中学に通う息子を見ていて、今それを実感しています。息子は今、大学受験で難関を目指して、巻き戻しでやり直しています。

 

つまりわが家は、上の子の大学受験と下の子の中学受験を、同時に走っています。上の子は、下の子の数年先を走る先行者です。そのつまずきを見ながら、娘の準備を逆算できます。

 

仕事では、最初にゴールと時期を決め、そこから逆算して、いつ、何に、どれだけ時間とお金をかけるかを決めます。一周目の私は、自分の家でそれをしていませんでした。2周目では、それを形にします。この話も、また別の記事で書きます。

 

娘について最初に確かめるのは、成績の数字ではなく、毎日の習慣が回っているかどうかです。

 

投資の仕事をしているので、自分の家くらいは冷静に管理できるつもりでした。結果は、ここまでに書いたとおりです。