京都市美術館でモネ展が開催されるのは知っていた。

だから、CABINでモネ展のチケットを

見つけたときはためらわずに買った。

平日と土日の2種類あったが、

安い平日のチケットにした。
 

家に帰ってチケットをあらためて眺めると、

KIITOと書いてある。

これは何だ。

神戸に新しい美術館でもできたらしい。

それも普通の展覧会ではないようだ。

没入型の展覧会。

それは壁面全体に絵が映写されて

絵の世界に入りこんだ感じになることをいうようだ。
 

三宮からフラワーロードを

海へ向かって20分ほど歩くと、

デザイン・クリエイティブセンター神戸というビルがある。

KIITOはその1階。

平日は11時から18時と開館が遅い

(土日祝日は10時~18時)。

開館時間が遅く、

展覧会にどれくらい時間がかかるか分からない。

午後の予定がたてにくい。

それなりにプランをたてて、

8時10分頃家を出た。

KIITOについたのは、10時50分頃だった。

やはり神戸は遠い。

中に入るとお手洗いはないので、先に済ますと、

けっこう入場を待つ列ができていた。

それから数分後に入場した頃には

さらに後ろに列が伸びていた。

 

KIITOではクロークはおろか

コインロッカーもないのでそのまま進む。

通路の両側に絵の写真と説明文が展示されている。

内容は印象派の様々な画家たちや

印象派の歴史についてである。

狷介な性格からセザンヌには

友達が極端に少なかったなど、

わずかな言葉で要領よくまとめられている。

ちなみに展覧会の正式なタイトルは

「モネ&フレンズ アライブ」だった。

 

その先の入り口から入ると、

体育館くらいの大きな部屋の壁面全体に

印象派の作品が映っている。

壁面の大きさもいろいろ。

中央にパネルで囲った柱のようなものがあるが、

それを越えると、最大の画面が現れる。

側面には椅子が並べられている。

椅子に座った方が楽そうだったが、

椅子はすっかり埋まっているようだった。

 

床には丸いクッションがあちこちに置かれている。

大画面の前から2列あたりに腰を下ろした。

大きめの映画館のスクリーンくらいで、

高さは4~5メートル。

シネマスコープだ。

 

床まできっちり映し出されているので、

最前列以外はどうしても前にいる人が

視界にはいってしまう。

前に座っていた黒ずくめの男は

さかんに写真を撮っていた。

写真も動画もSNS投稿もオーケーな展覧会である。

 

クラシック音楽が流れていて、

巨大化したおなじみの絵がつぎつぎ現れる。

絵の上には解説や画家の言葉などが読める。

 

駅で汽車が吐き出す煙は揺らめく。

モネの池では鯉が泳ぎ、トンボが飛ぶ。

ふと床を見ると睡蓮が浮いた水面になっている。

 

拡大されたことで筆のタッチも迫力満点でよく分かる。

45分ほどの映像には特にストーリーはないので、

どこから見始めてもいい。

床に座っているのがだんだん疲れてきたのだが、

場内はかなり人で埋まってきたので、

立ちあがるのもちょっと気を遣ってしまう。

左手の出口を抜けると、

グッズ売り場があるだけだ。

12時10分頃になっていた。

急ぐ人はパネル展示をスキップして

映像の部屋へ直行するとよい。

従来展覧会というものは

額に入った絵(tableau タブロー)や彫刻を

眺めるものだった。

額絵が一枚もない、この展覧会は

消滅可能な巨大壁画展とでもいったらよかろうか。
作家自身が複製を作る場合もあるが、

絵というものは基本的には一点ものである。

だから展覧会は世界中でただ一枚の傑作と出会う場であった。

自称没入型のこの展覧会には

テロリストに破壊されたら消滅しうるような

「物」は存在しない。

モネ&フレンズ展は3月30日で終わるけれど、

データは残るので機材と白い壁さえあれば

いつでも出現可能だ。

絵の具と違って映像は、

電源を切れば消える。

アンチ・展覧会であり、

音楽のように儚いともいえる。

没入型というけれど、

前に座っていた男がじゃまで没入できなかった。

もっと観客が少なければ、

気ままにぶらぶら場内を散歩しいところだった。
人は前しか見えないので、

360度映像で埋め尽くさなくてもいい。

 

 

映画館で上映した方がよかったかもしれない。

 

来週は京都市美術館へ行こう!