最近一番キュンとするドラマは「VRおじさんの初恋」。
あまりにもダサい説明タイトル通りのストーリーです。
直樹(野間口徹)はさえない中年のサラリーマンですが、
家に帰るとトワイライトというゲームで
VRの世界を楽しんでいます。
その中ではナオキという
制服姿の女の子(倉沢杏菜)として生きています。
そのトワイライトもサービス終了が迫っています。
ナオキは天真爛漫な美少女美少女・ホナミ(井桁弘恵)と出会って…
井桁弘恵さんはいかにも人気アイドルらしい
華やかな魅力を振りまいています。
一方、倉沢杏菜さんは孤独にVR空間を楽しんでいたのが、
ホナミとの出会いで少しずつ心が動いて行く様子を
繊細に演じていて、なかなかいいなと思いました。
しゃべる台詞の内容はあくまでも直樹が考えたものですが、
わりと違和感なく少女の言葉と感じられます。
二人の友情もしくは恋が消えゆくVR空間限定だという儚さよ。
しかしホナミは誰なんでしょう。
第8回までではまだ分からないので、
15日から放送分の焦点になるのでしょう。
ホナミもやっぱり中年のさえないおじさんだった、
というアンチクライマックス
にはなりそうもない雰囲気だとは思いますが。
脚本は『ケの日のケケケ』で
第47回創作テレビドラマ大賞を受賞された森野マッシュさん。
やはり少女の描き方がうまい。
原作は暴力とも子さんのコミック。
暴力なんてペンネームを思いつくのは若者ならではですね。
インターネットでXを見ると
「普段は生活のためフルタイム労働してます。
単行本が売れると漫画に時間かけやすくなります。
応援よろしくお願いします」
というコメントが出てきました。
うーん売れるまでもう少しの辛抱でしょう。
現実そっくりのVRの世界が映像的に美しく、
ノスタルジックで、どこか淋しい。
そのあたりも見所です。
そもそもどうして男が
美少女キャラクターになろうとするのか、
不思議といえば不思議です。
その点を追究したリュドミラ・ブレディキナさんという
人類学者の活動を紹介した番組がありました。
NHKの「最深日本研究」という
4月14日 0時10よりの深夜の番組です。
「バ美肉」という言葉があるそうです。
「バーチャル・美少女・受肉」の略で
「バーチャル世界で」美少女の姿を手に入れる」という意味です。
リュドミラさんは、受肉といえば宗教的なものなのに、
まったく宗教と関係がない点が面白い、とおっしゃっていました。
日本の男性の8割が女性のキャラを選んでいると言われています。
リュドミラさんは歌舞伎の女形や、人形浄瑠璃といった
伝統芸能との関連に注目して論文を書き
学術賞を受賞されたそうです。
なぜ日本人男性は美少女のアバターを選ぶのでしょうか。
リュドミラさんはバーチャルユーチューバーに取材したり、
フィールドワークを続けました。そしてその結論は
日本人男性は美少女になりカワイさを獲得することで
ストレスから解放される。
なぜなら可愛いは失敗しても許されるし、
責任を負わなくていいからです。
私は日本文化から生まれたカワイイに可能性を感じました。
リュドミラさんの意見を受けて、
カワイイと何かあらためて考えてみました。
小さいもの、幼いもの、無垢なもの、無自覚なもの。
リュドミラさんがいうように倫理的には免責された存在であり、
美学的には崇高の反対です。
崇高な存在とは
大きなもの、偉大なもの、
本来われわれの生命を脅かすこともできる畏怖すべき存在、
神、英雄。王、ゴジラ、エヴァンゲリオン…
「崇高」という概念で
美学という檻に閉じ込めておかなければ恐ろしい存在です。
崇高な存在になろうとすることは
自己拡大の妄想であり、倫理的な責任を伴います。
カワイイものがなぜ愛されるのか?
ひとつには、
少なくとも私を支配できない存在だから
安心して親密な関係を築けると思えるから
という理由をあげることができます。
バ美肉、バ美肉、Viva! 馬美肉。
きれいな馬肉をどうしても思い浮かべてしまいます。
「受肉」というキリスト教的タームを使い始めたのは誰なんでしょう。
改めて「受肉」を辞書*で調べると
「キリスト教用語。受肉、託身と訳される。
incarnatioという語はラテン語のcarno(肉)に由来しており、
肉をまとうことを意味し、
三位一体**の第2位である子が、
人類救済のため、
人間性をとって、
ナザレのイエスという歴史的人物になったということをいう。」
人間の暮らしている現実世界にイエスが生まれたことが受肉なら、
「受肉」という言葉をつかうのは方向が逆じゃないかと思います。
VR空間は肉体が存在しない空間なので。
イエスは男性なので、性別も逆です。
「身をまとう」という意味だけを活かしたわけです。
一方仏教には、
変成男子(へんじょうなんし)という言葉があります。
辞書の説明は
「仏語。
仏の功徳によって女子が男子に生まれ変わること。
女子には五障***があって成仏が困難なので、
男身を得て成仏する。」
バ美肉は仏教風に変成美女子と言い換えてはどうでしょう。
あわれな男の魂は
美女子に生まれ変わることでしか成仏できないのであれば、
その呼び名は
宗教の男性中心主義へのおおいなるアイロニーとなるでしょう。
「最深日本研究」の放送終了後
「VRおじさんの初恋」の番組宣伝が入りました。
とはいっても、ドラマの協賛企画というわけではなさそうです。
VRという最先端技術から生まれたドラマと、人類学的分析と。
悪口を言う人もよくいますが、NHKはなかなか面白い。
*辞書はすべて「デジタル大辞泉」を使いました。
**三位一体は「キリスト教の教理で、一つの神格としての父と子と精霊のまとまりをさす。(以下ややこしいので省略)」
***五章とは「女性の持つ五つの障害。女性は修行しても梵天王・帝釈天・魔王・転輪聖王・仏にはなれないということ。」(デジタル大辞泉)魔王になれなくてもいいように思えますが。