母の検査のあと、再発確定してからずっと、夜に一人になると涙が止まらない状態が続きました。適応障害一歩手前まで行っていたと思います。
とは言え、今でもふっと涙が止まらなくなる状況は変わりありません。
主治医の先生はザ・外科、といったかんじで淡々と、データ通りの内容を答えてくれます。
母の余命は、何もしなければ半年です、と。
母は「もうあと半年しか生きられないね、ごめんね」と。
あくまでも生存曲線の中央値のことのはずが、
確実に半年後にはあなたは生きていませんという宣告にしか聞こえず。
ただ一つだけわかったのは、遺伝子検査では「遺伝系のがんはない」ということだけ。
母「お前に遺伝していないから、本当に良かった」
私はよくなかったんだよ、本当によくなかったんだよ。
分子標的薬も、おそらく適用外?(※先生は自分で確認するが内容は伝えてくれないのであくまでもニュアンスでの判断)
説明を聞き出すこともなかなか難しく、もともと主治医に苦手意識を持っていたことや、かかっている基幹病院のスタッフの対応が悪いこともあり、「もう治療はしたくない、このまま死ぬしかない」と思い詰める母に、本当にそれでいいのかどうかと、動画や本で抗癌剤治療についてどうなのかを見せたり、なかなか入りづらかった『がん相談センター』の扉を叩いて、初めてセカンドオピニオンにつなげてもらったりと色々したこの一月。
やっとセカンドオピニオンの日。
今までの外科の先生の「ザ・外科医からの有無を言わさない一方的な告知」と180度違う、腫瘍内科の先生の説明を聞いて、やっと母は自分に起こったこと、検査したことでわかる内容とその結果について、今後、治療をした場合・しない場合に起こりうることや、その時々の病院から請けられる対応や、公的なサポートについて…そんなモヤがかかって目の前が真っ暗だったすべてのことが一気に晴れたと言っていました。
また、主治医が言っていた「余命期間」は「確かに数値としては間違えていないけれど、あくまでもデータとして集計された、半分の人がなくなるまでの期間を示しているのであって、この場合やお母様の状況を見た限りでは、半年ということは考えられないし、現状、多くの人はもう少し長いはずです。ただし、これも人それぞれなので必ず何ヶ月、何年ということはできないのが実際の回答です」と、きちんとこちらも納得ができる回答を頂きました。
(ネット動画等で話しをしている先生方もほぼこれと同じ回答だったと思います)
しかし、治療を頑張ってみたいと言い出したのは言い出したのですが、あの主治医との気が滅入る診察は毎回入ってくるわけで。
セカンドオピニオンはあくまでも「第三者の意見を聞く場」であって転院はできない。百も承知です。
が、ちょっと相談してみたところ、「セカンドオピニオンとしてはこれで終了だけど、きちんと新たに『転院』という手続きを取ってもらって『再発以降の治療を引き継ぐ』ということは可能ですよ」とのことでした。
最後になるかもしれないんだよ、お母さん。
我慢しっぱなしの人生だったじゃないですか。
「一緒にそんなきれいな景色見に行く旅行に行きたいわ」なんて言いながら「父や猫の世話をしないといけないから遠慮しておくから、友達と行っておいで」なんてにっこり笑っていた母。一度も連れていけなかったじゃないですか。
こんな時くらい自分のわがまま言って、そしてそれを通していいんだよ。
もう一度、母に本心を聞きました。
母「やっぱり、治療して頑張ってみたい。でも、今の病院は…あまり行きたくない」
転院、考えます。というか、早急にがんばります。