鬱の人を支えるということ | やさしい風をその手の中に…

やさしい風をその手の中に…

30代中盤目前に表メタルで矯正治療開始!
無事終わりまして、矯正ネタは終了いたしましたが、
だらだらと日常的な事を書きつづってます。

鬱って、どうしようもない部分、動けない部分はあるという
事は理解してます。

ただ、『鬱だから仕方がない』事を周囲が認識して、それで
本人がラクになる・・・その後が問題なんでしょうね。

鬱=できなくて当然

ではない部分だって、しっかり残ってるワケで。
それもひっくるめて「何もできなくて当然」と誤認識して
しまったら、それが甘えに繋がる・・・。

そういう、「鬱でも本人の気持ち次第でできるのにしない」
という部分、周囲で支えてる人には見抜かれます。
本気で向き合ってる人からは、それが見えます。
だって、その人をちゃんと見てるから。
何ができなくて仕方がないのか、何ができる事なのか。

甘えを全面に出されると、そりゃ周囲も最初は気付いて
くれるかな?って期待もあるし、徐々に・・・とも思っている
から、当然のように甘えも多少認めてしまいます。

鬱の人から

『甘えじゃないんだ、鬱だからできないんだ』

そう言われると、支えてる周囲の人は困惑します。

できない部分は理解して、フォローしようとこっちも自分の
生活をしながらも加負担でも頑張っているのに・・・。
できる部分は、自分でそれなりに頑張ってるのを見せて
くれてもいいんじゃないのか?と。

そうでないと、自分でできるという自信もなくす。
自分で出来る事を増やしていく事が、治療にも繋がる。
だから敢えて言っているのに・・・。

そして最後に投げかけられる言葉が・・・。

『辛さをわかってくれない!理解してくれない!』

そうじゃないでしょう!?
って言いたくなるのは、そういう事なんですよね。
そういう事言われると、支える気力が根こそぎ削がれます。
今までの苦しさは、立ち直って欲しいから我慢してきたのに
それは何だったんだろう?って・・・。

一気に、抱え込んでたモノがずしーんと来ます。
どん底にたたき落とされたように感じます。


だから、支える方も鬱になる・・・って、なんとなく分かります。

支える方の人は、自分と支える対象の二人分頑張らなくては
いけません。その事は、支えられる側は、支えられているうち
は決して気付いてくれません。

ほら・・・。
支えられる人以上に重症例が多いのも、こういう理由。

言った方は「自分は辛い」から、気付かないんでしょうけど。

気付いて、自分でなんとかしよう!ってなってる人は、
それなりに折り合いをつけながらも回復に近づいてます。


まぁ・・・だからとは言い切れませんけども。

できれば、鬱で周囲にささえて貰っている人は。
両親や、兄弟や、配偶者や、子供や、恋人・・・。

そういう人と意見がすれ違った時に、決して

『わかってくれてない!』

って言わないで欲しいです。


一番、それ言われると辛いんですよ・・・って事。

お互いを思いやる心。

病気だろうが、そうでなかろうが。
忘れちゃいけないなと。







・・・あ。
ちなみに。

結構クソミソに言ってたりしますが、私。
Kクンから「分かってくれない」という一言だけは言われた
事ありません。だからまだ、見捨てようって思わないのかも。