こんばんわ

・・・魔女の宅急便です・・・

 

11月に入ったけど、横浜は

なんだか暖かく感じてた今日

冷たい風がないだけで

こんなにも気温が違うのかと思える

それでも、半袖から長袖に変わり

冬も間近なのだと感じております

 

・・・そんな今日は

魔女の食卓をご紹介しま〜す

 

11/1(月)の食卓

魔王から貰ったお米と、そして食材

シャケの味噌漬け&辛子明太子

 

 

11/2(火)の食卓

魔王のもらったお米と、鶏肉の焼き鳥味

そしてコンビニの厚焼き卵に、キノコ2種の味噌汁

 

 

魔女だって、料理しますよぉウシシ音譜

 

でも今日はちょっとサボって

簡単な食卓にしたので

ご紹介出来ず・・・でした

 

今日は祝日という事もあってか

仕事は目紛しい1日となった

なので・・・手抜きした(о´∀`о)

休憩なしで1時間の業務延長あせる

 

スタッフが2名休みだったせいもあり

いやぁ〜、疲れました・・・が

今日は稼いだぞ!!って事で、有難い一日でした

 

 

疲れたので・・・もう寝ようと思います

多分、だけど・・・寝ると思うキョロキョロビックリマーク

 

 

こんにちわ

・・・魔女の宅急便です・・・

 

一昨日届いた魔王からの宅急便〜第二弾〜

それは辛子明太子だった

 

<これが、俺も食べたい物>なんだねウシシ!!

 

 

明太子2パックが入っていて食べがいも有りそう

で、早速ニヤリ音譜食べようと

そう思っていたのだが

届いた明太子は冷蔵ではなく

冷凍(半分以上も凍っている)だったガーンあせる

 

魔王から『届いた?味どうだった?』

っとLINEメールが入ったけど

チュー『残念ながら、すぐには食べれず

解凍して明日食べるけど

少し齧ったらピリ辛で美味しいと思う』

と返事したところ

 

ウシシ『そりゃ〜、辛子明太子だからね』と魔王

・・・で解凍が済んだものがこちらです

 

博多の明太子美味しく頂きました

 

 

明太子が食べられなかった

その日の夕方ですが

だいぶん寒くなって来たのでラーメンにした

 

 

おじいちゃんと、おばあさんがやってる

ラーメン屋さんでこちらは

昼頃に行くとご飯がサービスで出てくる

それと『搾菜』と『大根のお漬物』は

常に提供してるんです

 

このお新香にはみかんの皮と

赤唐辛子が入っているけど、左程辛くは無い

お正月のなますみたいな感じの味です

 

搾菜も手作りで味も美味しいの

この搾菜とお新香が大好きになってしまって

時折通っているお店です

ある時は持ち帰りで

『搾菜』『漬物』も買って来るくらいなの

 

『元祖スーラータン』と看板にある

たいが←漢字忘れた

スーラーメンは塩味で

お豆腐やエビなどが入っていて

胡椒のピリ辛さでさっぱりしてて美味しい

 

このお店の場所は、横浜市南区の市大病院

道路向かいにあるラーメン店です

 

良かったら行ってみて下さい

いつも病院の帰りには

此方に寄ってたりもします(о´∀`о)

 

気の良さそうなお爺さんと

お婆さんの笑顔が待っていますよウインクラブラブ

 

 

社長が面倒見ていた従業員の一人が病気になった

末期の癌だった

 

最後の最後の人生まで生きる事

そんな末期癌の患者が過ごせるホスピタルがある

その従業員はそこに入る事になった時

社長は家族を探し連絡を取った

その家族からの返答はこんな感じだった

 

『煮るなり焼くなり好きにして下さい』

『私達家族は遺骨も受け取りたくありません』

 

それを聞いた社長の一言は

『まぁ、しょうがないだろうなぁ〜』だった

社長は懇親の思いを込めたかの様に言葉を発した

『最後まで、面倒見てやれ』とおじさんに言った

『わかりました』と、おじさんも言葉少なめに答えていた

 

<あ〜、世の中にはこんな人も居るんだな>と私は思った

 

でも私からしたら『赤の他人』の事なのに

どうしてそこまで出来るのだろうか?と感じたんだ

でも、社長やその奥さんを見ていて思えた事がある

ただ単に『優しい』だけでは無いのだろう

自分が関わった人間だから、関わった以上は最後まで

面倒を見るんだと言う覚悟だったのかの知れない

 

半端者を引き受けて、面倒見る限りは

そう言う関わりが必要不可欠だったのだろう

 

そしてある時、私は体調が悪くて熱を出した為

仕事を休むとなった時の事だった

ピンポーンっと玄関の呼び鈴を鳴らす音で起きた

玄関を開けた時に私はビックリした

社長の奥さんが、その玄関先に立っていたからだ

 

『これ、買ってきたの。食べてね』そう言った

そして言葉少なめに『体調しっかり治してね』と

買ってきた買い物の袋二つを私に手渡してくれた

母子家庭で寝込んでしまった私を気遣ってくれたんだ

思わず私は、玄関先で泣いてしまった

 

『あ、ありがとうございます』

この一言を言うだけが精一杯の気持ちだった

 

<あ〜、本当に本当にこの人達は・・・>

 

奥さんが帰った後で私は袋の中身を見た

子供が食べるであろうお菓子や飲み物を含めて

沢山の食材が入っていた

その袋を胸に抱きしめて再び泣いた

 

体調も良くなり仕事に復帰した時

奥さんに『ありがとうございました』

と菓子折持って行ったら、奥さんが一言

『そんな事で余計にお金を使わない様にしてね』と言った

その光景を見ていた社長が『おう、元気になったか』

そう言って、私を見て笑った

 

それ以降も、奥さんは『買い物に付き合って』と言っては

息子の洋服買ってくれたり、布団買ってくれたりした

そのお返しと言っては可笑しいが車の運転は私がした

奥さんの買い物、社長のお供の運転、私は悉く付き添った

 

『君は社長の女なのか?』と周りに言われたが

『まさか、まさか、ですよ』と否定する羽目になったが

そんな事は、当時の私にはどうでもいい事だった

昼間と、夜の仕事を同時にしていた私

眠そうな顔で『おはようございます』と出勤すると

 

『昨日は飲み過ぎたかぁ〜』などと言われたが

『はい、ちょっと二日酔いです』と笑って答えていた

 

夜の仕事でのイベントの時『この服どうですか?』と

奥さんに見せたら『あら、素敵じゃない。あなたらしわ』

なんて会話もあった様に記憶に残っている

当時33歳くらいだったけれど

水商売では『28です』と誤魔化していた

そのせいか、偶然にも当時の私を知っていたお客さんに

横浜関内の店であった時には

 

『お前、一年で何歳年取ってんだ」

と言われた事がある

 

そんな私の月日の中で、今でこそ

会えなくなってしまった社長や奥さん達が心の中にいる

何年か前、その働いていた事務所行った事がある

事務所、とは言っても奥さんが喫茶店をしていたので

その喫茶店に行った事があるんだけれども

時は既に遅し、喫茶店はあったが経営者が変わっていた

 

話によると『ヤクザに追われて逃げた』

とその店主は言ったが、あながち嘘では無いのかも知れない

なにせ社長はそうゆう人達との交流があったからだ

でも私は信じようとはしなかった

従業員を引き連れて?娘さんは?皆んなどうなった?

そんな疑問が残るまま、いまでも心に残る情景

あの頃の感謝を私は決して忘れない

 

ずっとこれからも・・・。

 

人それぞれの人生の中で、絶対に忘れられない

そんな思いが心の中に残されている

今の自分がこうしてここにいる事と言う事は

そんな人達に助けられ、守られて生きてきたんだと

そう思える自分がここに居るんだと感じてる

 

随分と昔々のことなのに、こんなに鮮明に覚えている

だから私は感謝しているんだ、あの頃の環境で

この人達に出会えた事を、ありがとうって伝えたい

 

 

色んな人に出会い、恋もして

泣いたり、笑ったりして過ごして来たこの横浜

でも悲しい事も沢山有ったりして

それでも落ち込んでなんか要られない

そう思って過ごしたこの街

 

ずっと昔から自由奔放に過ごして来た

それがいいのか、悪いのかも考えもせず

自分の歩いている道に迷いも無く

ただ思うがままに過ぎて行った何年もの日々

無駄な時間などは何一つないと信じていた

 

でもこの人達にとってはどうだったのだろうか

私は今ではもう会えもしない人達の事を

時折、思い出しては考え見たりもする

 

ある時、勤めていた会社のおじさんが

『故郷に帰る』といって去って行った横浜

程なくして、多摩の奥地の山林で死んだんだ

首吊り自殺だった

 

『兄さんが、何にも要らないから

身一つで帰って来いと行ってるから・・・』

と、私に言ってたおじさんだった

 

私は泣き崩れた

 

あの時『なんかおかしい』と思ったのに

助けてあげる事が出来なかった

そう思って今でも思い出すあのおじさんの笑顔

このおじさんは昔は詐欺師だったらしいんだ

私が当時、働いていた会社は世間で言う

半端者(そう言ってた)が集まった会社だった

社長が「人生のやり直し」に立ち上げた会社の様だ

 

元暴走族で少年院にも入ったことのある人

会社の金を横領してしまった人

詐欺師、ペテン師、アルコール中毒、ヤクザだった人

皆んながカタギの人では無かった事を後で知った

けれども皆んな、優しい笑顔の人達ばかりに思える

 

元暴走族の人は、息子を可愛がってくれて

息子も『お兄ちゃん』と親しくして懐いていた

たくさん遊んでくれた『お兄ちゃん』の存在

 

学校の体育の先生の様な雰囲気のある人

この人はペテン師だった様に思う

優しい顔立ちのこの人が・・・っと思えた記憶がある

いつもジャージを着ているから「体育教師」に

思えていたのかもしれないが・・・

 

私は詐欺師と、ペテン師の区別が付かなかった

『詐欺師』は犯罪に該当する詐欺行為を働く人

『ペテン師』は人を騙す人だと言う事だ

騙す・・事、それ自体は詐欺とは違って犯罪ではないものの

人を騙す行為は良くない事だと揶揄(やゆ)される言葉だ

 

私はのこ人達のお給料の管理をしていた事務員だった

所謂、経理補助事務員とでも言うのだろうか

給料日には何百万円ものお金が事務所の机に並び

其れ等を数えて、給料袋に詰めていく作業をする

勿論一人では無くて、亡くなったおじさんとやっていた

 

ある人はお給料の大半がお酒のツケで消えて行く

ある人は仕送りに消えて行ったりした

住居は社長が用意しているアパートに住んでいた為

皆んなは左程の深刻さは

感じてはいなかったのかも知れない

いや、この人はアルコール中毒だから

それは病症が治っておらずなのかも知れない

 

この事務所で働いて思えたことは

『世の中には色んな人が居るものだ』と言うことだ

 

<続く>

 

横浜は風が冷たいなぁ~

今日はお休みでのんびり過ごしていた

しかし、何やら心が寒い気がしてならない

 

『心が寒い?』ってなんだろうか

 

私、結構、寂しがり屋だったのか?

う〜ん、そんなんじゃないな

秋の風から、冬の風に変わる季節の

身に染み入る冷たい風が

吹いていたりするせいかな?

 

明日はハロウィンだから

横浜関内の繁華街には仮装してる人が

きっと多くいる事だろう

けれどそんな賑やかな場所に

行きたくないは無い

 

横浜という街は私が生まれた故郷

ずっと何十年もこの街に住んでいるけれど

あまり良い思い出が無い

この街の景色も

いえ、景色?風景?は案外

好きっだたりするけれど

きっと今の心の中、そうね

気持ちの問題なのかも知れない

 

どうしても叶わない

そんな想いがあるせいだろう

 

どんな街に住んでいたって

全てが思い通りに叶う訳でも無いのに

今は横浜に住んでいるから

この街を離れたいと思えるのだろうか

 

何があった?

 

ずっと長い間、心に秘めた想いがある

でもその想いは何年も叶わない

もう投げ出してしまいたい

そんな気持ちになってる


このまま続けていたって

心が温もりに溢れることもなく

そして、それは今となっては

望んでいない自分がいたりする

何故ならばもうこれ以上

傷付きたく無いからだろう

 

ならば「別れ」と思える毎日

だから、きっとこの横浜の風が

今の私には冷た過ぎるのだと

感じてしまうひとつの理由だろう

 

横浜って、人を包み込む様な

そんな優しい風が吹いている

そう思えていたのだけれど

おかしいなぁ〜って

今の私は頭を傾げてしまうんだ


誰のせいでもないけれど

言わせて貰うならば

あなたと出逢わなければ良かった


だから出逢ってしまった

この賑やか過ぎる程の繁華街


そんな街並みが大嫌いだ