よく農薬の安全性について書いていますが、食の安全の話をする際に農薬はほぼ必ず悪役として登場します。
 ただしそれはいわば、環境問題を話す際に自動車(の排気ガス)が必ず悪役になるのと同じようなものです。


 自動車と農薬の違いは、自動車の場合は排気ガスが悪役になるとしても、対策としてはあくまで自動車の改良による有害物質の減少に重点が置かれ、自動車そのものを根絶しようという話にはならない(公共交通機関を使って自動車を減らそうと言う話はある)のに対し、農薬の場合は根絶しろとでも言いたげな態度で臨む人が多い点です。そうなる理由は単純で、自動車については誰もがよく知っているし恩恵も受けていますが、農薬については話題になる程度に比べて驚くほどに知られていないからでしょう。

 そして本来は話題になるべき農薬の品質向上や使用法の改良は日々農薬メーカーによって行われており、30年前の農薬と現在のものでは性能が全く違います。当然、安全性も性能に含みます。


 で、農薬の安全性そのものについては今回は飛ばして、現代の農業には農薬が不可欠だと言うとときたま、そんなことは無いという人がいます。

 例えば100年前の農業に農薬など無かったが、それでも農業は出来ていたではないかと言う主張がありますが、それは例えて言えば100年前は飛行機はなかったが旅行はできていたと言うようなものです。


 100年前の農業と現在の農業とでは条件が違いすぎます。
 栽培作物は病気や害虫に対する抵抗性が低いから、という説明も何度もしたし長いんで省略しますが、それと100年前は農家一人あたりが受け持っていた農地面積も全く違います。
 というか100年前などと言わなくても、20年前から今まででも専業農家の規模拡大はしっかりとあり、たぶん平均で2倍以上にはなっています。100年前はもちろんもっと小さいです。それはもちろん、専業兼業問わず農業人口が減ってきたからと言う事情もありますが。それと農産物価格の下落も効いています。
 余談ですが、いわゆる有識者様たちが主張する経営規模拡大によるコストダウンは、すでにほぼ限界まで完了していると見ていいと思います。何しろ水田フル活用などせずとも休耕地なんかいくらでもあり、それが休耕地である点がすでに「経営規模拡大」は飽和状態になっていることの何よりの証拠です。


 小面積を混作するなら、無農薬栽培はできます。が、今どき5反の畑や3町の田んぼ程度では事業としての農業なんて言いません。


 また、現に有機栽培のみで生計をたて、それどころか成功している農家も存在します。あくまで正しい方法でやっている、と言う前提ですが(例えば、有機栽培といいながらその実は無登録農薬栽培に過ぎないとかいうのは論外)、そういう人たちを否定したり非難するつもりはありません。
 が、そういうのはニッチです。あくまでも農業・・・と言うかほかの業界でも、そこがもっているのは99%を占める普通の人たちの頑張りであり、そしてここが重要ですが、普通に慣行栽培の農業をしているからと言ってそういう人たちが有機の農家より志が低いなどと言うことはありません
 有機の農家は100人の顧客を満足させているが、私は1万人の顧客の食生活を支えているのだ、と言うのはそれはそれで立派な矜持ではないでしょうか?


 そもそも農薬を使う・使わないというのはしょせん方法であって、それが目的となってはいけません。無農薬を方法とし、美味しい野菜を作る農家は尊敬できますが、農産物やあるいは良識を犠牲にしてまでも無農薬を選択する生産者など、これこそ農業を馬鹿にしていると言っていいでしょう。


 私が知る最高の米農家は全て、農薬の使用はなるべき控えようと工夫はしますが必要なぶんはちゃんと使い、絶対の無農薬にはこだわりません。

 ついでに言うと農薬にはうまい使い方がちゃんとあり、下手に無農薬にこだわるとむしろ実際に被害が出た際にもっと遥かに多くの農薬を使うハメになることはザラです。コストはいかに削減するかではなく、いかにうまく使うかを考えたほうが結局は低コストにできます。


koume

 本日は人体のふしぎを一つ紹介いたします。・


 右手左手どちらでもいいのですが、親指以外の指を一本だけ、第2関節で曲げます。

農家こうめのワイン-finger


 すると、第1関節が自分の意思ではほぼ動かせなくなり、逆の手で触るとぷるぷるした感触で気持ちいいです。
 ぜひお試し下さい。


 人に教えるとよく驚かれることなのですが、私にしてみれば何で誰も知らないのかが不思議です。
 これ、ナントカ効果とか、名前がついてたりしないんでしょうか?


koume

 給付金を受け取る発言は、その後に「受け取って、パーっと使います」とでも言えばいいのにと思いました。が、銀行に入ったら入ったで、銀行の体力を増すことにもなるんで、むしろそっちを狙ってるのかもしれませんよね。それだったらあまり好みな戦術ではないんですが。


 で、民主党ざまー(笑


koume

 先日、農水省は食料自給率を45%に引き上げる目標の達成が難しいとか発表していましたが、それは当然で、そもそも現在の食料自給率が低いことに誰も不便も問題も感じていないし、特に対策も講じていないので、食料自給率が上がる見込みなど当然無いでしょう。


 もし国民の中に飢えて困っている人がたくさんいるなら、あるいは国産の農産物のニーズが非常に高いならば自給率の向上も見込めるでしょうが、今の日本は残飯あるいは食べられる前に廃棄される食品の量はかなり多く、自給率は低くとも食糧供給率(そんな言葉があるかどうか知りませんが)は100%をかなり超えています。しかも食品の価格は低いままと言う点で実際のニーズの低さも現されています。


 食料自給率が低い事についてよく、海外からの食品の輸入が途絶えたらこんなに困るぞ!と言われることがありますが、確かにそんな最悪のシナリオが成立すれば大変なことになりますが、この飽食の時代にそんな最悪のシナリオを想像しろと言っても難しいでしょう。実際には隣の中国やインドなどの国が発展し続けるおかげで食料大消費国に転じていて、国際市場にてマグロやワインなどを買い負けていることは有名です。
 実際のとこ、日本の経済力で本気を出せば今からでも買い負けの状況を覆すのは可能だと思うのですが、現状それにブレーキをかけているのはおそらく、食品の小売価格の低迷です。何しろ食品は安くあらねばならぬ、海外産の物ならなおさらだと言う意識が強くて、本気で買い勝つだけの売り上げが見込めないのではないでしょうか。ただし、じゃあ将来本当に困った時に本気を出せばいいじゃないかと思えますが、さてさてそんな虫のいい話ができるほど余裕ぶっこける状態でもないでしょう。


 日本の食料自給率について金額ベースだとどうかとかカロリーベースではとかよく言われますが、もっとも単純に言って日本国産食料のアキレス腱は小麦・大豆・トウモロコシの穀物です。これらの輸入が途絶えることの影響は甚大で、食べられなくなるものとしてはうどん、ラーメンなどの麺類それとパンは当然としても、味噌や醤油と言った調味料からビール、肉類もほぼ全て食べられなくなります。伝統的な精進料理であっても国産100%で作ることは不可能なのです。


 ・・・ということは知識の上ではわかっていても、それでも誰も食料自給率の低さなど問題にしていません。政治家さんたちは先見の明で持って対策に取り組んでいるのでしょうが、しかしその対策の中身は「食料自給率が低いので、農家の皆さん赤字でも頑張ってくださいと言うだけです。
 食料自給率が低くても困っていないということは逆に言うと、上がったところで誰にとっても大して嬉しくないと言うことです。生産者にとって、自給率が上がることによる直接のメリットは存在しません。しないがゆえに何か別途にインセンティブを用意する必要があると思うのですが、まあ政府もそんなものにお金を使うほどには自給率低下を困っていないのでしょうね。


 そしてもう一つ問題があると思うのですが、食料自給率の向上とは具体的に言えば国内の農業生産を増やすことです。しかし先に言った様に、日本の食糧供給率は100%を大きく超えています。
 ということは、日本で小麦や大豆を大量増産したとしても、それが単に余るだけになる恐れが充分にあると言うことです。近年、弁護士をたくさん増やしたおかげで仕事にあぶれる恐れが出てきたことが問題になりましたが、食品だって保管しとけば腐るし保管料もかかるし、時間が経てばまた新たに生産された小麦がどーんと出てくることになります。で、価格が暴落したら生産者はもう作らなく(作れなく)なるでしょうし、元の木阿弥でしょうね。穀物なんか海外の方がはるかに安いに決まっていますから、輸出で勝てるとも思えません。
 で、加工品メーカーなどが増産された国産小麦を使うか海外産小麦を使い続けるかはそのメーカー・交渉しだいでしょうが、どちらにしてもいずれかが余ります。
 なので食料自給率を上げるということは、まず前提として食糧の輸入を減らすことが必要となります。がWTO交渉など見るまでもなく、日本政府としては食料の輸入関税を引き下げて自由市場にしたい気満々です。もっとも、輸入食品を締め出すと言うことは、現状40%の自給率を誇るわが国にとって致命傷になりかねないのは先に書いたとおりです。どうするのがいいんですかね。これはけっこう難しい。


 そういうことを考えると、食料自給率を増やせと無邪気にのたまう政治家や財政諮問会議の面々は、いったい食料と言うものをどう考えているのかサッパリ分からないとなってしまいます。国民全員いきなりギャル曽根になれば解決はしますが、まさかいくら有識者?だってもっと食って消費しろと言うほどバカでもないでしょう
 特に財政諮問会議の方々に置かれては、減反廃止してそれがムチャクチャに上手くいけば自分のとこの工業製品の輸出が難しくなることが、風を吹かせて桶屋を儲けさせるより高い確率で起きそうですが、納得済みなのでしょうか。


 自給率向上の手立ては理屈だけで言えば、農家にでっかい(今の2倍以上)の直接支払いを与えて安い穀物を増産させ、貯蔵コストなど度外視で大量保管し、それをもとにして穀物の輸入を段階的に締め出し、しかしその件で軋轢を生まないように外交努力して・・・と言う順序しかないような気がしますが、ムチャクチャにハードル高いですね。金銭的というよりは能力的に。


koume

 今日は隣県の、某地方都市にある隠れ家的なフランス料理店でランチしてきました。


 料理はあっさりした味付けながら物足りないことはなく、色々な素材の味を楽しめて満足しました。
 でまあ連れ合いは昼からキールやワインを飲んでいましたが、私は運転なのでおあずけ・・・。しかしワインリストだけは見ましたが、種類は余りなかったものの、味や価格、ネームバリューのバランスが取れたけっこう良いと思えるリストでした。ただ、ああ、悲しいことにブルゴーニュワインは畑の名前が載っているだけで、肝心の生産者名が表示されていませんでした


 ワイン好きにとっては常識的なことですが、ブルゴーニュは畑ごとに格付けがなされていますが、その畑の中が細かく分かれ、そこを複数の生産者が少しずつ所有し、それぞれの生産者の中には当然ながら品質にこだわりを見せる者や大量生産を旨とする者まで様々で、おかげで同じ名前ながら全く品質の違うワインがたくさんあります
 例えば、ナポレオンが愛したことで有名なシャンベルタンと言うワインがあるのですが、シャンベルタンと言う畑とジュヴレ・シャンベルタンと言う畑ではシャンベルタンの方が格上で、ふつうは価格もシャンベルタンの方が高くなります。が、優秀な生産者が作る高品質なジュヴレ・シャンベルタンはしばしばシャンベルタンより高価になり、逆に格付けのノレン効果のみで高価格をつけられるシャンベルタンは品質が低いものもしばしばあり、ブルゴーニュワインにおいて生産者名をチェックすることは本当に重要なことです。


 生産者名が洩れているワインリストはけっこうあるのですが、これだけはなんとかして欲しいと思いますね。
 余談ですが、ワインについてけっこー偉そうに取り上げている割には生産者名など一顧だにしない、ムーラン・ナヴァンやコルトン・シャルルマーニュが好きと言われてもいったいどこのムーラン・ナヴァンなのかサッパリ分からない、とにかくカキとシャブリは合わないと執拗に主張するマンガもありましたね。あ、最近再開したか。


koume