私は、農薬に関する記事を読む際に最も重要なのは、その農薬が「どの農薬」なのか把握することだと思っています。

 新聞記事やテレビニュースにはありがちですが、「農薬」や「○○系農薬」とだけ書いて、個別には一体どの農薬のことなのかさっぱりわからないものがよくあります。
 そういう記事の問題は、問題の前提の把握が非常に難しくなることにあり、そのため対処が余計に難しくなることにもあります。単純に言えば、問題の種類が「農薬のせい」なのか「その農薬のせい」なのかがわからないためです。この違いは特に農薬反対運動をするならば極めて重要なはずですが、不思議なことに自分が知る限りほとんどの反農薬活動家はこの違いを無視してすべての農薬を忌み嫌い、結果として運動が実を結ぶことはほとんどありません。

 それを踏まえて、読んでみたい話があります。今朝の地元紙にネオニコチノイド系農薬がミツバチの帰巣本能に影響を与えていることを確かめたとする記事が載りました。

ハチ大量失踪、原因は農薬 金大グループ実験
http://www.hokkoku.co.jp/subpage/HT20130321401.htm


 世界各地で報告されているミツバチが大量失踪する問題で、金大理工研究域自然システ ム学系の山田敏郎教授らの研究グループは20日までに、1990年代に登場した新種の 農薬によって、ハチが大量失踪することを世界で初めて実証した。研究グループは、この 農薬の毒性がハチの帰巣本能を失わせたとみている。実証結果は、養蜂業だけではなく生 態系にも影響を及ぼすとみられる大量失踪の解明・対策につながると期待される。
 大量失踪は「蜂群(ほうぐん)崩壊症候群(CCD)」と呼ばれる。女王バチや幼虫、 ハチミツを残したまま巣箱から働きバチが突然いなくなり、巣箱周辺では、その死骸が見 当たらないのが特徴である。1990年代初めから欧米などで発生し、北半球から4分の 1のハチが消えたとされ、その数は300億匹に上るという。国内でも2000年代後半 から問題化している。

 農薬や寄生ダニ、ハチ自体の病気、電磁波などが原因として挙げられているが、特定に は至っていない。

 金大の研究グループは、この謎を解明するため、原因の一つに指摘されているネオニコ チノイド系農薬に着目した。ネオニコチノイドはニコチンと似た成分を持つ。有機リン系 農薬に代わり90年代から登場し、現在、100カ国以上で販売されている。

 研究グループは、1万匹のセイヨウミツバチの群れ8群に、濃度を変えるなどしてこの 農薬を投与。カメムシ駆除に使われる濃度の10倍に薄めたものを高濃度、50倍を中濃 度、100倍を低濃度とした。

 その結果、高濃度では急性毒性によって、ほとんどの働きバチが即死。中濃度では7~ 9週間、低濃度では12週間後には働きバチが巣箱からほとんどいなくなった。大量失踪 の事例と同様、いずれも巣箱周辺に死骸は見られなかった。

 このことから、研究グループは、散布後に拡散されて濃度の低くなったネオニコチノイ ド系農薬が花粉などにつき、それを働きバチが長期にわたり摂取。帰巣本能に障害が生じ 、巣に戻れなくなって大量失踪が起きている可能性があるとしている。

 実証実験をまとめた論文は日本臨床環境医学会の学会誌に発表された。山田教授は「ミ ツバチがいなくなれば、養蜂業だけでなく生態系にも大きな影響がある。ネオニコチノイ ド系農薬の使用を規制するなどの早急な対策が必要だろう」としている。


 ところで私は、ブログなどではよく残留農薬の安全について書いていますが、すべての農薬が完全に安全だなどとは思っておらず、危険性が高い農薬や規制した方がいい農薬もあると思っています。上の記事もそういう実験結果が出たことを否定する気はありません。研究の結果、未知だったリスクが見つかる農薬もあるでしょう。ただしそれらは個別にあるのであって、だから農薬全体の規制を強化しようという話とはレイヤーが違います。
 そういう目での記事を読むと、これには「ネオニコチノイド系農薬」とだけあり、それがネオニコ系の「どの農薬」なのかさっぱりわからない点が引っかかります

 実際にはこの蜂群崩壊症候群で話題になっているのはおもにイミダクロプリドクロチアニジンという二つのネオニコ系農薬なのですが、ほかにもいろいろあるネオニコ系農薬において蜂への影響の強さはそれぞれまちまちで、弱いものもあるのです。
 ということはどういうことかというと、こういう研究結果を受けて対策なり規制なりを行うとき、イミダクロプリド及びクロチアニジンを避けようというのと、ネオニコチノイド系農薬全てを避けようというのでは難易度がまるで変わってくるわけです

 3年前のものになりますが、特定非営利活動法人 ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議というところが「ネオニコチノイド系農薬の使用中止等を求める緊急提言」というのを出したことがあります。
http://kokumin-kaigi.sakura.ne.jp/kokumin/wp-content/uploads/2011/03/100219neonicotinoid.pdf
 内容の妥当性などはとりあえず置いて、中身を読むと「なぜこれは『イミダクロプリドとクロチアニジンの使用中止等を求める緊急提言』ではないのだろう?」と思います。内容はほとんどその両者への批判ですし、また先に言ったようにネオニコ系農薬すべてを使用中止にさせるよりは特定の農薬のみに絞ったほうが実現性は高くなるでしょう。それ以外のネオニコ系農薬に関しては、特に危ない(とされる)イミダクロプリドの規制が達成された後に改めて行えば良いのではないでしょうか。
 もっと過激に、農薬そのものの使用をやめろとか言う人もたまにいますが、それこそ絶対に実現するはずがありません。全くの無駄です。

 また、例えばイミダクロプリドが特異的にミツバチに影響するという主張が強くなれば、ではネオニコ系の中でなぜイミダクロプリドが特に危ないのか?という調査研究を経て、ミツバチに影響がないように改良された新型ネオニコ系農薬がつくられるかもしれません。が、仮にネオニコ系農薬全体が規制されるという流れになるならばそんな研究はまず行われないのではないでしょうか。

 記事には、ネオニコ系農薬は有機リン系農薬にとって変わって広まった農薬だと書かれています。実際に有機リン系農薬は、長い間批判にさらされ続けた結果としてその勢力は激減していますが、全部が全部危険な農薬だったわけではありません。有機リン系農薬の中で危険なものを指摘し、安全な有機リン系農薬に関しては容認するという流れがあれば、もしかしたら「危険な」ネオニコチノイド系農薬はこれほど広がっていないかもしれません。

 危険は全体にあるのか部分にあるのか、農薬が絡むとそれが全く見えなくなる人は多いように感じます。検討の結果として全体にあったという可能性もあるでしょうが、大概は部分にあるわけで、その危険な部分を改善して全体の安全性を高めるという流れにしたいものです。一部が危険だから全体を無くせというのでは、逆にいつまでたっても目的は果たせません。それは「全原発即時廃炉」と同じです。反対運動はもっと戦略的に行うべきです。