福島県が本年産から、米の放射性物質について全袋で検査を行う方針だと発表しました。


福島県がコメ全袋検査へ 12年収穫から
http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819695E2E7E2E3E38DE2E7E2E3E0E2E3E09180E2E2E2E2


 福島県産の米から放射性物質が見つかっていることはいますが、県内でも安全な所とそうでない所があり、全てにおいて厳格に検査をするのはおかしいです。twitterで勝川さんが仰っていましたが、安全な場所は抜き取り検査、危険な場所では作らない、グレーゾーンでは細かい調査、という風にしないと検査のリソースがいくらあっても足りません。
https://twitter.com/#!/katukawa/status/154780365347766273


 またこれは農作業の流れからですが、大雑把に言って10袋につき1袋よりも細かく検査をするのは無駄だと思います。
 何故かと言うと、稲を刈り取りした後に乾燥調整、籾摺りと進んで袋詰めされるのですが、乾燥調整するための乾燥機には、機種によって違いはありますがだいたい2トンくらい籾が入ります。標準的な田んぼ一枚(10a)あたりの収穫量は500キロと少しくらいなので、複数米の田んぼの籾が入れられます。
 乾燥機での乾燥作業は一晩くらいかかり、その間ずっとかき混ぜられているので、要するに中の2トンほどはほとんど均質化されます。それを30キロずつ袋に小分けして、まあ50袋くらいにはなりますが、それは全て同じ物と考えられるわけです。
 こうして得られた50袋を、まあ2~3とか、1割の5袋ほど測るくらいならまだしも、全ていちいち測るのは馬鹿げています。もちろん機械の容量をいつもフルに使い切るわけではありませんが、逆に100キロだけ乾燥するというように使えるものでもなく、またそもそも5袋程度しか作らないと言うことも考えにくく、1/10か、まあ念のためでも2/10程度で充分なのではないかと思います。それは1/10検査でも全袋検査でも得られる結果は変わらないだろうと言うことです。


 先日、米の標準抽出方法を紹介するエントリを書きましたが 、これに従ってやっていても良いように思います。


 さて以上のような話は稲作農家なら誰でもわかる事で、役所でもこのくらいわかる人がいないとはまさか思えません。つまり全袋検査とは安全性を確保するための対策ではなく、「全て検査しているから安心ですよ」というパフォーマンス、安心性への対策でしょう。
 ただそれは一見わかりやすいですが、弊害が大きいだろうと考えています。


 まず上でリソースがいくらあっても足りないと書きましたが、検査に当てられる時間も手間もお金も無限ではありません。もし無限にかけられるならそれこそ、全袋どころか全粒検査するのが一番徹底的で安心でしょう。
 ところがもちろんそうは行かないので、ある程度絞った形にせざるを得ないのですが、そこで適切な絞り方をすればそのぶん検査精度を上げられます


 全袋検査について記事ではベルトコンベア式の検査機器を導入とありますが、そもそも機器自体がまだ完成しておらず、現状では100Bqの基準に対応できない物のようです。改良が簡単に出来るものか知りませんが、最低でもあと半年以内には完成してくれないと間に合いません。
 放射線の検査機器についてはほとんど知りませんけど、ベルトコンベア式ということは検査部分が閉鎖系ではないでしょうし、バックグラウンドの線量をどうしても拾いそうで、精度をどこまで上げられるのか疑問です。
 ベルトコンベア式の検査機器についてぐぐると、富士電機という会社の製品が挙がったのですが(http://tsukuba2011.blog60.fc2.com/blog-entry-319.html )これで「精密測定」とか・・・?これ、福島県で、周囲に数千袋の米が積み上げてある状況で、検出器を通った一袋ぶんの米の放射線のみを測定することが可能なのでしょうか?


 福島県の米の生産量はかなり多く、平成23年で約35万トンでした。これは袋数に直すと約1166万袋にもなります。ベルトコンベア式の検査機器が1基1日あたり500袋検査できるとして、それが県内に150基設置されたとして、無休で155日かかります。500袋と言うと少なく見えますが、これでも機器を24時間ずっと動かしっぱなしで連続検査して、1袋にかけられる時間は170秒ほどです。富士電機の機械で「精密測定」をすると一つ120秒かかるらしいので、そんなものです。 


 これを、抽出検査にし、しかも測定する地域を適切に絞るなら、検査対象を1/10かそれ以下に出来ます。ならば1袋にかけられる時間も数倍に延ばせるし、ちゃんと測れるか不安な機器を使う必要も薄れます。


 ちなみに22年は44万トンもあり、震災の影響で激減したことがわかりますが、逆に言うと復旧が進むにつれて生産量が激増する可能性もあります。



 さて上で「全袋検査は安心アピールのパフォーマンスであろう」と書きました。こういうことをするのは、つまり抽出検査をする意味を広く説明するより、いっそ全袋検査をする方が楽だという判断でしょう。
 抽出検査の意味を説明するのは、ほとんどリスクコミュニケーションの講義に近いですから、難しいのは確かだと思います。ただ、これではせっかく安心をアピールしながら、逆にむしろ安心を損なう可能性が高いと思います。


 全袋検査がなぜ分かりやすいアピールになるのかというと、それは説明が不要だからです。全部測るんだから、という単純な構図なので、「なぜ抽出検査より全袋検査を選んだのか」という具体的な説明が必要ありません。むしろ、ちゃんと説明すると抽出検査と大して変わらないと言う結果が見えてしまい、逆に損するかもしれません。


 ところが説明せずになんとなくわかってもらうと言う手法は、一旦どこかが崩れると全ての信頼を失います。それは過去何度も繰り返されてきたことだと思いますが、例えば「全袋検査はしたが、内容はものすごい簡易検査だった」と知れると、なら全てGe検出器で測りなおせとなるでしょう。


 また、いかんせん測定対象が一千万袋以上もあるため、事務処理のミスが確実に発生します。もちろんこれが数万であってもミスはどこかに出るでしょうが、ちゃんとリスコミ的に納得しているならばまだしも、「なんとなくわかっている」という程度のところ相手に事務処理ミスなど、些細な事でも大きくなりがちです。


 全袋検査といえど測れない米もあります。今、福島県で見つかる基準値超えの米は農家の自家消費用で販売されていないものから見つかることが多いですが、そういうものは出荷も検査も、どこの帳簿にも載らないので必ず洩れます。それから見つかってしまえば、やはりアウトになるでしょう。くず米や中米も検査しないでしょう。


 そもそも、難しい説明を放棄すると言う態度自体が、政治として自殺的だと思います。国も含めて近年そういうのばっかりですが、それでは決して信頼や安心など出来ません。


 もっとも繰り返しますが、そういう説明が難しいのは確かです。特に、どんな説明をしようが絶対納得しないような、それでいて声が大きい人がいて、しかもマスコミがそういうのを選んで拾ったりします。それへの対応も含めて、全袋検査を選んだのだということはわかります。
 個人的には、そろそろそういうノイジーマイノリティは無視できるような社会が必要になってきたのではないかと思います。全袋検査に充てられる無駄なコストはこの人たちのために払っていると言っても間違いではないでしょう。