入院前に参加したとある会合で、最近就農されたある若手農家のお話を聞きました。なんでも大学で環境について勉強したらしく、卒業して農業に携わり、再びトキが繁殖できるような農業環境を目指したいとか何とか言っていました。主に無農薬とかの方面で。
 いったい大学では、その手の「環境問題」について何をどう教えているのでしょうか。


 野生の動物が生きることを第一義に考えると、耕作放棄地こそがもっともその任に相応しく、農業などすべきではないのではないでしょうか。もちろんそれは極論で、本来は共生していく中でのバランスを考えて・・・と言う話なのでしょうが、件の彼に限ると耕作放棄はイクナイ!ようでした。野生の動物のためにわざわざ人工で環境を整えてあげなければならない時点で、野生・・・??とか思ってしまうのですがその辺に矛盾は感じないのか。


 ま、そんな彼の話はどうでもいいのですが、この手の「農業と環境」の話をする際に私が一番気になるのは、すでに農地でなくなった農地の話が全く無視されているところです。
 つまり、最近だけ見たとしても農地はどんどん道路や住宅や駐車場や郊外型大規模店舗(イオン)などになっていて、「以前はこのあたりって一面の田んぼだったんだけどな・・・」な話は地方なら特に古老に限らずとも普通にお父さんお母さんレベルにも知られているのですが、土建国家的にはそっちの話は「発展している」からどうでもいいのでしょうか。
 いや、そういうものを作るなってのではないのですが、そうやって発展しているそばで農地に対しては生息する生き物がどうとか農薬を使うなとか言われるのは嫌だということです。


 むしろその手の発展に関しては、道路やらなにやらに土地を提供してお金を得た農地成金みたいな人のことを取り上げて批判されることならあるのですが・・・まっ特に地方では異常なまでの業突張り爺さんみたいのがいて、本当にむかつく土地成金も存在するので批判もむべなるかなとは思う。


 さてトキに関してですが、トキがまた繁殖できる環境を作るために地域で有機農法に取り組む・・・なんて話はたまに聞きますが、意味不明です。トキを国内絶滅に追いやったのは農薬のせいではないからで、さらに今の農薬がトキを殺すとも思えないからです。


 農薬がトキを殺すと言う話の元になっているのは、1970年代に死んだある一羽のトキの体内から水銀と微量の農薬(DDT、BHC)が見つかった件と思われます。が、このトキを看取った獣医師は死因は寒さ及び老衰としています。例えれば、「ある死者の胃の中からご飯を食べた跡が見つかったので、ご飯は有害なのだ」と言うような話です。DHMOの恐怖ネタにもあったような。

 そして、もし万が一仮にこのトキを殺したのが本当に農薬だったとしても、それは単に一羽の死因と言うだけであって、トキと言う種全体を滅ぼした要因とは違います。もう一つ言えば本当にこの農薬がトキを殺したのならば話は全然簡単で、その時体内から見つかった農薬はすでに日本では使われていないものばかりですから、トキ対策はすでに完了しているとなってしまいます。


 さてトキ全体の生息はどういう経過だったのでしょうか。そもそもトキはその美しさで珍重された鳥で、どうやら食ってもうまかったらしく、密漁の対象になっていました。実は江戸時代からすでにその減少は危惧されていて、幕府から繁殖期の狩猟を禁止する旨の通達が出ています。
 そして明治時代に入ってからその狩猟は本格化し、大正時代にはすでに一旦絶滅したと思われていました
 昭和初期になってから北陸地方でわずかに見つかり、本格的な保護にも乗り出していますがすでに遅く、その後数十年を経て国内のトキが絶滅しているのは周知の通りです。


 さて以上の通りトキが大幅に数を減らし、絶滅を決定づけたのはおよそ明治~大正期であったことが分かるのですが、実は日本で化学農薬が使われだしたのは昭和30年代以降で、トキの絶滅に関与するのは時間的に無理なのです。今さら有機農法など取り組んでも、トキは現にその有機農法(しかも農業機械などが入らない「理想的な」)の環境下で数を減らしてきたのであり、その点が無視されています。
 そもそもトキは日本以外の地域でも数を減らしていますが、例えばシベリアや中国奥地などでも「農薬汚染」はひどかったのでしょうか。


 そういうわけで、トキを保護するための努力そのものは色々やってくれて結構なのですが(残念ながら徒労に終わりそうな気がしますが)、そのための手段と言うかスローガンとして農薬を使うのはやめていただきたいです。こういうところで使われると、そのスローガンが逆輸入される(トキ保護→無農薬が、無農薬→トキ保護に変換されて全然関係ないフィールドで使われる)事もよくあり、迷惑です。