よく読ませていただいているブログ「食の安全情報blog」 のohira-y様より、「はてなコール」 でとある記事を紹介されました。秋田の農家らで作る市民グループが、カメムシ被害による米の等級下落は厳しすぎるとして意見書を農水省に提出する、と言うものです。


斑点米:カメムシの跡、気にしないで 味変わらず、農家「等級下げ」見直し要望
http://mainichi.jp/life/food/news/20091106dde041040004000c.html



 ◇「余計な農薬使う」
 農産物検査法に基づいて新米に等級付けをする検査について、農家から「見た目が重視され、余計な農薬を散布せざるを得ない状況を生み出している」との批判の声が上がっている。カメムシ・宮城県病害虫防除所提供=に吸われて褐色の斑点ができた「斑点米」が混じると、食味にはほとんど影響がないのに等級が下がり、価格も下がってしまうためだ。農家らで組織する市民グループは近く農林水産省に検査の基準見直しを求める要望書を提出する。


 農産物検査法による等級は、流通を円滑にする目的で1951年に定められた。検査は義務ではないが、国の補助金を受けたり商品に産地や品種などを表示する場合には受ける必要がある。


 検査は同法に基づく登録検査機関が実施。カメムシに由来する斑点を含め、色がついていないかどうかや、粒のそろい具合、異物の混入の有無を目で確認する。このうち、色については▽色がついた粒の割合が0・1%(1000粒のうち1粒)以下なら1等米▽0・3%以下は2等米▽0・7%以下は3等米▽それ以上は規格外--と分別される。


 コメ情報調査会社「米穀データバンク」によると、1等米は2等米に比べ60キロ当たりで約600円、3等米に比べると約1600円高く取引される。このため、生産者はカメムシ対策の農薬を1~3回散布する場合が多いという。


 農水省によると、斑点米の原因をつくるカメムシは十数種類いて、昨年度は全国の水田計57万ヘクタールで発生したとみられている。しかし、斑点米になっても安全性に問題はなく収穫量が減ることもない。味もほとんど変わらないという。


 要望書を提出する秋田県大潟村の農家、今野茂樹さん(55)は「食の安全・安心が考慮されておらず、現行の検査は消費者にとってもよくない。過剰な農薬散布は環境破壊にもつながる」と指摘する。


 農林水産省消費流通課は「色の着いた米が混じれば消費者から苦情が来る。流通業界から必要との声が寄せられている」として、見直しには慎重姿勢だ。【奥山智己】


 
 さて米の等級検査は過去にもいろいろ書いたことがありますが、ここで言われているのは害虫による斑点米です。検査上では着色粒として扱うのですが(正確には虫害以外の理由での着色米についても着色粒に含みます)、つまり害虫(カメムシ)が生育中の稲にひっつき養分を吸う事で玄米に色がつくことがあります。


 どの程度のものを着色粒というかは法律で決まっていまして(検査の基準や方法は農産物検査法と言う法律で全部決まっています)、定義では「粒面の全部または一部が着色した粒及び赤米を言う。ただし、精米の品質に著しい影響を及ぼさない程度のものを除く」となっています。ややこしいんですが本質的には、精米した時にまだ色が残るほどに着色していた米のことを着色粒と言っています。
 米の検査は必ず玄米で行います。で、精米したら(つまり玄米の表面を削り落としたら)色は見えなくなるだろう、と言うようなものは着色粒には含みません。
 米の等級に関する指標は着色粒以外にもいろいろあるのですが(水分量、整粒歩合等々)、着色粒はかなり重要な要素で、最重要ポイントの一つと言っても間違いではありません。


 で、等級的には記事のとおり、1等の格付けには着色粒が0.1%以下でないといけないのですが、記事にある「1000粒のうち1粒」は正しくありません。いや、1/1000なら0.1%であってるじゃないか、と思う方もおられるでしょうが、これを正しくないと言うのは実務上の理由です。検査は重量を基準に使って行うので、表現するなら1000gのうち1gとして欲しい。
 だって検査の時いちいち1000粒を取ったりしないもの。あともう一つ言うと、検査に使う精度のハカリでは、米を一粒置いても重量は表れません。その場合は手続き上は0.0となります。全くのゼロではないが検出限界以下ですよと言う意味。


 じゃあ実際に着色粒はどのように扱うかと言うと、正しくは200gのサンプルから着色粒を選り分けて判定し、慣例的には50gのサンプルを使って判断されます。で、普通は50g中に1粒までならOK、2粒見つかったらアウト(2等以下)となります。


 さて着色粒の検査についての話はこれくらいにして、記事の中身ですが、かように数粒の着色粒で等級が下がるのは個人的には厳しいと思います。ohira-yさんははてなブックマーク で「やめてしまうと、現在より被害が増加し品質にも影響すると思うが」とコメントされていますが、らしくないなあと思うコメントで、つまりこれは見直しを要望しているのであって全面撤廃ではないでしょう。どの程度が適正なのかと言う議論は簡単ではないと思いますが、見直しはしても良いのではないかと思います。


 が、それは農家の側だけの感想で、じゃあ消費者の目線も含めればどうかとなると、正直厳しくなりこそすれ甘くなることは無いと思われます。日本の消費者が製品(農産物に限らず)に求める「見た目」のハードルは異様に高いからです


 さきほど着色粒の判定は、慣例的に50g中1粒までと書きました。さて、ご飯のことを考えてみますとお茶碗一杯分の米は50gより多いですが、仮に50gとします。で、着色粒はその定義により、白米の状態でも着色(たいがいは黒い斑点)があります。
 仮に50g中に着色粒がまんべんなく5粒ほど含まれる米があったとすると(異常に悪い米ですが)、それは茶碗の中に黒い点々が5箇所ほどぽつぽつ見える米だ、となります。これに消費者の皆様がクレームを遠慮してくれるかというと、まあまずそうはなりません。


 そのような着色は、今どき下手をすると、たった一つだけでも見つかれば騒ぐ消費者もいるくらいで、もちろんそんな状況がいいものだとは決して思いませんが、しかし実際にそうなってしまっているのです。今以上に着色粒を甘く見るというのは制度的には出来ない相談でしょう。
 そういうわけで見直しはかなーり難しいのではないでしょうか。


 ただし今は色彩選別機があります。その名の通り、着色粒や未熟粒(青い)などを取り除いてくれる機械で、高価な代物ですがこれを使えば少なくとも着色粒が原因で格落ちした米は1等相当のものに出来ます。実際、色彩選別機を使うからカメムシなんてどうって事ないと言う生産者もいますし(例えばhttp://www.omisebatake-isico.com/untiku/20040916.html )、色選を通すこと前提でわざわざ安い2等や3等米を喜んで買いつける業者もいます。記事中の農家グループも色選使えばいいのにと思いますが・・・まあイチ農家がそうそう持ってる機械でもないですが。


 しかし害虫は着色粒を生むだけが害なのではなく、養分を吸うわけですからその米自身の生育は不十分になりますし、ほんのちょっとならともかく大発生すれば未熟米や屑米が増えます。要するに収穫量が減るわけで、もし色選を通すとしても歩留まりがおそろしく悪くなり、非常に非効率的です。屑米の価格は2等米より遥かに安いですからね。着色粒云々を別にしても、害虫防除は適切に行うべきでしょう。


 検査や農業にまつわる話題はそのくらいかなと思いますが、記事についてこれはなぁと思うのが、やっぱり農薬防除の話です。着色粒は味も安全性も問題ない、っていうのは個人的には異論がありますがまあ許容範囲として、しかしそれと対比するカメムシ防除の農薬散布は、こっちの安全性の問題だって大したものではないでしょう
 農家はそのほとんどが、農薬の安全性について詳しくありませんから(非常に残念なことに)、この記事に登場する農家は本当に「安全性に配慮して」こういう意見書を出そうと考えたのかもしれませんが、そっちの理屈では農水省に対してとてもじゃないけど有効な提言となりえません。カメムシ防除なんか手間もコストもかかるし、その割には着色粒も大した害じゃないから、と言うほうがまだわかります。


 ・・・というかカメムシ防除の農薬散布は、その毒性どうこうというより、実際にカメムシがいようがいまいがJAの暦の都合で行われているってことの方がよっぽど問題だと思います。カメムシが大発生する地域には当然必要ですが、いないところにもJAは強制的にやらせるし、それは無意味な負担ですよ。正直うちはカメムシ防除なんてやったことがありません。いくら農薬の害が小さいからと言っても、そりゃ無駄な防除ならやらない方が低リスクに決まっています。農薬は使わなければいいのではなく、バンバン使えばいいのでもなく、適正に使うことが肝要ですからね。


 と、こっちの話は話題がずれるので、ここで終わり。