その7
昔々あるところに、田んぼでコメを作っている七郎どんがおりました。七郎どんの田んぼは田園地帯の中にぽつぽつとあり、七郎どんの田んぼの周りには必ず他所のお百姓さんの田んぼがありました。
七郎どんはある日、農薬なんて危ないものは使わずに、自分の田んぼは無農薬で安全なコメを作ろうと思い立ち、さっそく実行しました。すると、雑草の処理には苦労しましたが、害虫や病気の被害はあったものの思ったほどではなく、何だ無農薬でもコメは作れるんでねえか、未だに農薬を使ってコメ作りしてる農家なんか遅れてるべ、とホルホルしておりました。
しかしそれを聞いた、回りの田んぼでコメを作っているお百姓さんたちは怒り心頭になりました。実は七郎どんの田んぼに病気や害虫があまり来なかったのは、周囲の田んぼで殺虫剤や殺菌剤などを使っていたため、地域一帯の害虫や病気が少なかったからなのでした。七郎どんの田んぼのすぐ隣でコメ作りをしている人などは、害虫対策をまるでしない七郎どんの田んぼから出てくる害虫のために、農薬を使う回数が増えたほどでした。また、七郎どんの田んぼは畦草の伸びもものすごく畦管理も大変で、マジでクレーム一歩手前になりました。
その後七郎どんは、もっと安全・安心なコメを作ろうと思い立ち、きれいな水が流れる中山間地で無農薬のコメ作りに取り組みました。中山間地では田んぼは点在するばかりで、たくさんまとまっているわけではありません。もちろん隣で農薬を使ってくれるお百姓さんなどいるはずも無く、七郎どんの田んぼはあっという間に病気と害虫の餌食になりました。めでたし、めでたし。
その8
昔々あるところに、田んぼでコメを作っている八郎どんがおりました。八郎どんは長年、慣行農法でコメを作っていましたが、ある日、無農薬栽培を超える安全・安心農法の無肥料栽培と言う噂を聞いて、取り組んでみました。
無肥料栽培とは、つまり、普通の山や原っぱなんかに生えている雑草は肥料なんか使っていないが普通に生えていて虫にも病気にもやられていない、しかし栽培作物は肥料をたっぷりやって、農薬を使わないと処理できないくらいに病気や害虫にやられる。つまり作物は肥料をやるおかげで栄養素タップリになってしまい、おかげで虫に狙われるのだ、だから無肥料なら農薬など使わなくてもいいのだという理屈でした。これはよく考えると、栄養も味気も無いごく貧相な作物を作れば虫からも愛想をつかされるんじゃないかと言う話で、じゃあそれを食わされる人はどうなんだと普通は思ってしまうのですが、八郎どんは幸運にもそんなことは考えもしませんでした。
さて八郎どんが無肥料の米作りに取り組むと、意外や意外、1年目は稲がそれなりにすくすく育ち、多少の農薬は必要としましたがコメとしてはそれほど悪くないものが収穫できました。八郎どんは、何だ無肥料でもコメは作れるんでねえか、未だに肥料を使ってコメ作りしてる農家なんか遅れてるべ、とホルホルしておりました。
しかし八郎どんの稲は2年目以降、急速に無残なものになっていきました。それもそのはず1年目にうまくいったのは、それまでいい加減な施肥管理しかしていなかったので、前年までに過剰に使われた肥料分がまだ田んぼに残っていたからなのでした。2年目以降は土壌が本当に貧困化し、コメを作るどころの騒ぎではなくなってしまいました。
あわてて追肥をしても時すでに遅し、むしろ不自然な時期に肥料を貰ったおかげでひょろ長く育った稲はあっという間に倒伏し、八郎どんは大失敗の末離農してしまいました。めでたし、めでたし。
その9
昔々あるところに、田んぼでコメを作っている九郎どんがおりました。九郎どんは何とかして無農薬でコメを作れないかといろいろ調べて、遺伝子組み換え作物のことを知りました。遺伝子組み換えで、稲に病気に強い体質を持たせ、さらに特定の害虫が嫌がるような性質を付け加えれば殺菌剤や殺虫剤を使わなくてもいいんじゃないかと考えました。
さっそく遺伝子組み換え米の種籾を捜してみましたが、手に入りません。実は九郎どんが住んでいる国では、遺伝子組み換え作物を作ることがほとんど許されていないのでした。
さらに、おろしやの国から来た研究者がラウンドアップレディダイズの危険性についての講演をして、それにかぶれた町民たちは遺伝子組み換え食品のことが大嫌いになってしまいました。九郎どんが見る限り、おろしやの研究者の発表には、ラットの母数が書いてなかったり、生のGMダイズと加熱した一般食用ダイズを使って実験していたりと胡散臭いところばかりだったのですが、かわら版には遺伝子組み換え食品の悪口ばかり書かれ、栽培する意欲をなくしてしまいました。
九郎どんは結局離農して、サラリーマンになりました。めでたし、めでたし。
その10
昔々ある村にコメを作っている、十兵衛、十一太夫、十二郎、十三乃助、十四右衛門、十五美、十六花、十七乃信、十八左衛門、十九乃丞の10人がおりました。10人はそれぞれ10枚ずつの田んぼを作っておりました。
10人はある日、お奉行様の屋敷に呼ばれました。曰く、
「そなたらは今後、10人が10枚ずつの田んぼを作るのではなく、全員で共同して100枚の田んぼを作ることにするが良い。さすれば大型の機械も使えるし、作業も効率化してコストダウンが出来よう。これぞ、集落営農の法である。カッ、カッ、カッ」「ははーっ」
何故か平伏した10人は村に帰り、さっそく打ち合わせをすることにしました。
十兵衛は慣行農法で田んぼを作りたいといいました。
十一太夫は有機農法で田んぼを作りたいといいました。
十二郎は有機肥料を使うのはいいが農薬は使うべきだと言いました。
十三乃助は完全無農薬でやるべきだといいました。
十四右衛門はうるちではなくもち米に取り組むべきだと言いました。
十五美は加工品を作りたいといいました。
十六花はとにかく面倒くさいことはしたくないといいました。
十七乃信は他所の専門家から聞いてきた新しい農法を説明しました。
十八左衛門はほかの作物も作るべきだといいました。
十九乃丞はアイガモ農法がやりたいといいました。
とにかく全員、自分がリーダーシップをとりたがり、結局は全員の思惑を少しずつ取り入れたりしながらぐだぐだになり、コメ作りはスタートしましたが案の定、組織はいつもまとまらずに分解寸前でした。
さて何とか収穫まで終わりましたが、売り上げについては全員が同じだけの収入をほしがりました。当然のことです。ところが一部の人間から文句が飛び出しました。
一番の若手である十二郎(58歳)は、実際の農作業はほとんど自分がやったと主張して、たくさんの分け前がほしいと言いました。十四右衛門と十五美は、売り先を開拓してきたのは自分だと言い、販売に対する功績を主張しました。ほかの面々も、同じだけの田んぼを提供したのだから売り上げは等分にすべきだと言いました。
すったもんだの挙句全員が納得しないままに終わった後、十七乃信が居酒屋で愚痴っているとある人に言われました。「大規模経営ってのはねえ、大きくした規模を少ない人数でやるからコストダウンするのよ。しかも船頭さんばかりで仲間を作ったら、船は山に登るだけよ?」そこではっと膝を打った十七乃信はすぐさま集落営農から脱退しようとしましたが、ほかの面々からは「あれ、まだやめてなかったの?」と言われる始末でした。めでたし、めでたし。
前回よりも全体的にかなり極端ですね(笑
koume