ことし二月、金沢市農協婦人部協議会、同市農村青少年育成協議会などが主催して開いた「第一回金沢市農村女子後継者大会」に出席した二十五人の女性でグループ結成の話がもちあがった。後継者として将来、農家に残る女性の悩みを気軽に話し合う場-という程度の考えだったが会合を開くたびに出席者の数が減り、いまでは同市大桑町の田中外記子さん(二十)同市山科町の安田外喜美さん(一九)ら八人。
さる八月九日、県社会教育センターで、このグループ員六人と青年後継者が意見交換会を開いた。ある青年が「まるでお見合いだな」と発言したので気持ちがほぐれ、(1)嫁に出てもいい人もグループに加入させること(2)もっと活発にグループづくりをすることなどが真剣に話し合われた。
ドーナツ減少の進行で耕地が次々と住宅用地になってゆくとか、重労働なのに収入が低いとか、不満のタネがいくらも出てくるなかで農村女性をどのように農業につなぎとめるか・・・このグループのかかえた課題は大きい。
単なるオシャベリ・サークルにしないため、田中さんが、高知県で開かれた第五回北陸農村青少年技術交換会に、それぞれ研究をひっさげて参加している。
安田さんは「農業も稲作からハウス栽培による野菜や花など、需要の伸びる方向へ経営転換していけば将来性は大きく開ける。農家の女性もグループ活動に参加して農業を見直す勉強を始めてほしい」と、頼もしく語っている。
いろいろ微妙に違和感漂う記事ですが、これ実は、昭和44年の新聞記事なんです。
で、ここで語られている問題は、40年近く経った現在でもほとんど変わっていません。おそらく当時から、対策は有形無形あったはずですが、どうなっているかと言えばもちろんご存知のとおり、40年代ごろは70%ほどだった食料自給率は40%にまで落ち込むなど、農村はどんどん冷えこんでいるわけです。女性はねえ・・・同じ年代の人といえば、20人に一人くらいで見つかりますかね。
まあ、当時から現在の位置までがリニアに繋がってるのでもないかもしれないんで、もしかしたらこの頃からぐっと上がってその後急速にしぼんで今の体たらくになったのかも・・・とは、やっぱり思えんなあ。いや、昔の事はよく知らないんですが。
つまり、まあ、自分たちの力で何とか頑張りましょうってことでしょうか。政治とか外部に期待してもイカンですよね。
koume
