先週、JMM月曜号で村上龍が医療問題について発言したことを取り上げましたが、先日の月曜号にてその続きが載りました。



 Q:901への回答、ありがとうございました。医療崩壊という言葉が目立つよう
になりました。先週のこのエッセイに、「地域医療の崩壊はすでに現実のものになり
つつあるようです」と書きましたが、「もうすでに崩壊しているというのに、認識と
表現が甘すぎる」ということを言う人がいました。わたしは、「崩壊」という言葉が
多用されるのはどうしてだろうと思います。かっては、「学級崩壊」「教育の崩壊」
などと使われました。おそらく、状況の深刻さを訴えて危機感を促す意図があるのだ
と思われます。

 しかし「学級崩壊」が話題になっていたときも、学校の教室が災害で崩れ落ちたわ
けではありませんでしたし、クラスの生徒が全員授業を放棄したわけでもありません
でした。小学校の低学年の教室で、教師の指示に従わない数名の生徒がいて、そのク
ラスで円滑な授業ができなくなったというような意味でした。医療でも教育でも環境
でも、事態の深刻さを訴えるのは重要なことです。ただし、「事態の悪化はもう避け
られず、今さら対策を講じてももう遅い」というようなニュアンスの悲観主義的な訴
えかけは、ときにあきらめを生むのではないでしょうか。


 あきらめることは、ある種の安らぎをもたらします。努力を放棄することが許され
たような気がして、楽になるのです。医療や介護や年金、それに教育の問題は、中央
と地方の財政状況を考えると、絶望とあきらめを生んでも不思議ではないのかも知れ
ません。でもそういうときこそ、言葉は慎重に選ばれるべきです。状況の深刻さを訴
えるときに極端な表現を使うのは、全体的に豊かになっていき暗黙の希望が社会に充
ちていた高度成長時代の名残かも知れません。




 JMM月曜版は村上龍の質問に対してコメンテーターが答えるというスタイルのものですが、Q901への回答は従来のコメンテーター以外にも医療関係者からの回答が寄せられていました。その全てに、「医療費を増やさずに問題を解決しようと考えるのは無理がある」との考えが含まれています。この期に及んで、お金をかけない小手先の対策でなんとかできるだろう、と考えているところに、私は前回、絶望感を感じました。
 今の医療問題は、「崩壊」という言葉に値しないのでしょうか?こういうことを書くから、認識が甘すぎると指摘されるのではないかと思うのですがどうでしょうか。私はこれを読んで、村上龍は医療崩壊の「崩壊」を、「ジャイアンツ投手陣崩壊」くらいのものと勘違いしているのではないか、と感じました。学級崩壊といっても学校どうこうではなくて制度そのものが立ち行かなくなっていることを指しているのですから、教室が災害に遭っているわけがないのは当たり前です。


> 医療でも教育でも環境
> でも、事態の深刻さを訴えるのは重要なことです。ただし、「事態の悪化はもう避け
> られず、今さら対策を講じてももう遅い」というようなニュアンスの悲観主義的な訴
> えかけは、ときにあきらめを生むのではないでしょうか。


 実際、医療現場にはあきらめが蔓延している部分があるのです。あきらめずに希望を探して、討論が繰り返されていたのはもうなん年も前の話です。少なくとも、医療費を上げずに出来る対策、を模索する時点で村上龍は深刻でなさ過ぎるのです。


 ところで投手陣崩壊といえば普通、先発陣なり中継ぎ陣の調子が悪く、誰が登板しても四球やヒット、ホームランを乱れ打たれる状態で、それなりに試合を作れる投手の数が少なくなった状態を指します。その際、投手陣の再建は原因をちゃんと分析しないといけません。技術的なものか精神的なものか、あるいは登板過多による疲労が原因なのか見極めないといけません。例えばここ数年のタイガースの藤川球児みたいに年間80試合も投げさせるのは壊れてくれというようなもので、不調に陥ったならば藤川選手本人についてどうこうよりもとにかく他の中継ぎ陣を整備しないといけません。
 しかし藤川選手の場合はまだ、抑え投手が抑えをやっているというだけですが、医療崩壊における医師不足では本来抑えの選手が先発をやったりしなくてはならないほどになっています。投手ならまだしも、1塁手やコーチまで狩り出して投げている始末です。しかも登板間隔も短いとくれば、壊れないわけがありません。


 そしてさらに問題は、リリーフや野手が投げているというのに、見に来ているファンは「1度先発したなら、完封して当たり前だ」と要求するところにあります。先発赤星憲広に、村山実並みの投球を要求し、失点を負うと罵倒され、果ては「勝てなかったのはお前のせいだ」とばかりに訴訟まで起こされる始末です。本来責任を取るべきは、投手を補強しないフロント(厚労省)なのにです。これでは、FAやメジャー挑戦など、移籍が増えるのは当たり前ではないでしょうか?
 しかも訴訟内容といえば、「あそこで直球ではなくボール球を投げておけば、あの場面で失点することはなかった」「6回に続投させることなく、投手を交代させておけば勝てていた」などのような、後からでは何とでも言える内容で、しかもその訴えが通って原告勝訴となる事例も珍しくありません。いかに非現実な事が起こっているか、想像がつくと思います。


 しかもしかも、特に医療崩壊が進んでいる産科ではもっと事態は進行していて、普通の医療現場では、専門外の抑えが先発するのは否応なくやっているだけで、ほんとは困るよなあという認識ですが、よく読ませているYosyan先生の「新小児科医のつぶやき」 によると産科の現場では、野手だろうがOBだろうがファンだろうが何でもいいから投げてくれ、と言うほどの状況だそうです。ヤブ排除論に産科医が悲鳴 を読むと、ヤブ医者だろうがカルトだろうが、やってくれるだけまだマシ、な状態だそうです。投げるのが中西清起でもネット裏の松村邦洋であっても、1イニング消化してくれるだけ良いと。


 これに対してフロント(厚労省)がとってきた態度は、ほんのつい最近まで、「投手陣は充分揃っている(医師は足りている)」と強弁するばかりでした。しかし実際には、フロントは現場に投手がどれだけいるのか全く把握しておらず、とっくに引退した選手や、挙句の果てにはすでに鬼籍に入った選手まで勘定に入れていたのですからたまりません。広島投手陣には、大野豊津田恒実がまだ在籍していることになっているということです。
 実際、普通の職種の労働人口はある程度以上の高齢者(60歳以上とか)を定年として数に入れないのですが、医師の場合は上限なく数に含めていますし、全国の失笑を買った医師等資格確認検索 を検索すると物故者も普通に表示されてしまいます。巨人は開幕戦に沢村栄治を立てればいいんじゃないのでしょうか?沢村はあまりに極端すぎる、と思われる方はどうぞ石井四郎という医師のことを調べてみてくださいませ。未だに検索できます(笑


 いくら強化費を使わない楽天であっても、ここまで酷いことはしないでしょう(余談ですが、楽天はあの戦力で本当によくやっていると思う)。医療費をケチれる時代はとっくに過ぎ去り、今はどれほど医療費を突っ込んでも再生できないかもしれない、のが医療崩壊です。


 というわけで今日は単に野球ネタを書きたかっただけでした。


※追記

 書いてからやっと気付いたんですが、村上龍が勘違いしてるのはきっと「医療崩壊」の中でも「崩壊」ではなく「医療」の方ですね。今まさに崩壊の危機に瀕しているのは「日本的医療システム」であって医療そのものではない。病院や医師の存在自体がまったく無くなる事はないと思いますが、ありようは変わる。いつでも誰でも医者にかかれた日本的医療システムは、今さらなにをどうこうしても崩壊は免れないと思います。

 で、そんなことを言い出すと本文のありようも変わってきますが書き直すの面倒くさいんで。


koume