最近よくコメントを頂くjoysunさん から、医療と農業には似たところがあると感じるとのご意見を戴きました。
 joysunさん自身が、どういう部分が似ていると感じていらっしゃるかはまだ意見を頂いていないのでわかりませんが、私自身が考えたことを書いてみます。


 業界自体が崩壊の危機に瀕しているとか、後継者がいないとかは同じですね。ただ、ほかの業界でもそういうのはありますね。たとえば、伝統工芸みたいな分野はそうでしょうか。
 で、もっと独特な共通点は何かと考えてみました。2点。


1:本来は科学的な分野なのに、何故か消費者(患者)には自然・天然信仰を持たれている。
2:本来はここ数十年の努力の成果なのに、現在の安全がアプリオリにあったものとされている。


 に関してですが、農業の場合は言わずもがなな有機農法です。いつもどおり注釈しておきますが、有機農法自体が悪いわけではありません。しかし現代の農業は、農薬の使用を前提にデザインされています。全てが農薬ありき、とまでは言いませんが。
 慣行農法と有機農法を比べて批判する人が(いっぱい)いますが、両者は理念そのものが違う技術ですから、本来は比べようが無いものです。先日も書きましたが、有機農法は予防が肝要の農法であって、どちらかというと対症的な慣行農法(もちろん、予防的に使う農薬も非常に重要ですが)と比較しようとすると無理が生じます。で、なぜ現代の農業では農薬が必須なのかというと最も簡単には、現代の栽培作物自体が病害虫に非常に弱く品種改良されているから、農薬の手助けを借りないとまともに栽培できないからです。


 医療の場合は東洋医学ってのがありますね。私は医療のことはわかりませんから誤解があるかと思いますが、東洋医学も予防をキモに置いた技術だと思います。どちらかというと対症的な西洋医学とは、農業の場合と同じ意味で比べてもしょうがないものだと思います。しかし、自然大好きな人たちには西洋医学を否定する勢力が存在します。もちろん言うまでも無く本来は、両者のいいところを併用すればいいのであって、東洋医学を支持するからと言って西洋医学を否定する必要はありません。相反する技術ではないからです。もちろん、東洋医学自体が悪いものだというつもりは一切ありません。


 最近一番大きな「自然派」勢力は、自然分娩でしょうか。自然分娩にしても有機農法にしても、どちらも江戸時代のものと感じます。別に、それを選ぶこと自体は他人の勝手ですが、江戸時代の出産事情(赤ちゃん・お母さんに「不幸な事故」が起こる確率は現在の10倍以上食糧事情(しょっちゅう飢饉が起こり、非人道的な口減らしもよくあった)を考慮して欲しいものです。


 について、「安全で当たり前」とのほとんど脅迫的な要求は農業界・医療界とも身に染みて感じるところだろうと思います。ただ、両者の性質は微妙に違います。
 医療界の場合、もともと100%の安全は達成不可能であると思います。人間は確実に死亡するもので、どんな患者も救命することは科学的にありえません。近年の患者さん達は、この不可能性を忘れていると感じます。
 農業界の場合はどう違うのかというと、既にほとんど100%に近い安全性が達成されているにもかかわらず「まだ安全ではない」との要求です。もちろん100%の安全は無理ですが、現代の農業は99.99%の安全が確保されていると思います。当然、農薬を使用した上でです。当たり前のように安全なものに、さらに安全を求められても困惑するだけです。


 ただ、微妙な違いはあっても、いずれの「安全」もここ数十年の先人の努力によって築き上げられたものです。そのことを忘れて、当然のように安全を要求し、あまつさえ充分な配慮がなされているものを捉えて不満であると断罪し、蹴飛ばすような真似は従事者の意欲を恐ろしく減退させます。これも医療・農業両者に共通することですが、我々業界が崩壊しても私たち自身は特に困りません。消費者や患者が困るだけです。


 私は最近、医療に関わる問題にいろいろ触れて、非常に共感できたり理解できる部分が多いと感じていたのですが、もしかしたら農業業界の問題と対比して考えていたから、分かりが良かったのでしょうか。はっきり言って、農家と医師は全然違うのですが、業界としてはなるほど似ていると思った部分があります。


koume