最近、医師関連のブログをよく読んでいるのですが、いやあすごいですね。日本の農業が壊滅の危機に瀕しているのは良く知っていますが、医療の崩壊はもっと早く危機的なんですね。ってのんびりしてる場合じゃないんだけど。といって何かできるわけでもないんですけど、患者になりうる身として知っておくことは良いんじゃないですかね。


 下のブログでは、医療訴訟について事例を挙げてよく取り上げています。文章量はかなり多いですが、読む価値はあると思います。
 新小児科医のつぶやき http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/
 ちなみにタイトルを見たところは新米の小児科医の日々の仕事ぶりみたいな感じですが、内容からはとても「新」という感じはしません。


 医療訴訟といえば最近では、例のたらいまわしで有名になった奈良救急事件 がありますが、あれは産科医や小児救急の分野の医師はもちろん、それ以外の医師たちにも大きな影響がありました。マスコミだけを通じてあの事件を見ていれば、重篤な状態の妊婦を受け入れずにたらいまわしした病院はひどいということになりがちですが、医師の常識・医療の現状ではあれは当然の措置であって、他にやりようがないという状態だったようです。あの事件以後、救急医療の現場は瓦解の動きを見せ、「救急は受けたくない」「救急は受けない」といった考えが浸透するほどの破壊力がありました


 私は医療に関しては素人ですから、ほとんどが先のブログからの孫引きになるのですが、現在の医師を取り巻く環境をひどくしているものに、無限の責任医療訴訟があるそうです。
 もともと治療行為とは準委任契約で、つまり患者から治療を任されはするが結果の責任は負わないという仕組みです。ある人にとっては無責任だという感想を持つでしょうが、人の体の仕組み上、治せない病はいかなる治療をもってしても治せない、いくら医師でもミスがあるときはある、というのがそもそも当たり前ですし、医療の根本は「患者が自分で治し、医師はその手助けをする」というところにありますから、全ての責任を医師に負わせるのは酷というものです。もちろん医師には、治療そのものにおいては最善の努力を負う義務があり、いい加減な治療をしても責任が問われないという意味ではありません。

 ところが恐ろしいことに最近、「医者は患者を治して当然」と考える患者が増え、治らなければ当たり前のように医師に責任を問うという態度が増えています。先に書いたとおり、医師は途中経過には責任があっても、結果に関してはどうにも出来ない部分があります。ところが特に本邦では、国民皆保険制度で医療が非常に充実しているせいか(それ自体はすばらしいことなのですが)、治らないことに納得できない人が増えているのですね。この部分で「無限の責任」が医師の肩にのしかかっています。
 特に産科の場合、現在は無事に出産できる確率が非常に上がっているので、「出産は安全に出来て当たり前」という意識がとても強いようです。奈良救急事件ではこの意識が顕著でした。産科医に言わせると、出産はあくまでも危険を伴う行為で間違いない、となるのですが。


 で、医療訴訟があるわけですが、どうもさまざまな訴訟があり医師は相当おびえているようです。
 恐ろしいのは、医療訴訟が起こされて患者側が医師を訴える場合、原告側には確実に「死亡」あるいは「重篤な後遺症」という結果が存在することで、仮に医師が最善の努力をしていたとしても医療ミスとみなされがちなことです。
 報道なんかを見ててもよく思ったものですが、ある治療行為について後からああすればよかった、こうすることもできたのではないか、というものが非常に多い。これは、言うのは簡単ですが、医師はその場では最も可能性が高いとして現状の方法を選んでいるわけですから、仮に別の方法をとったとしても助かったかといえば分からないし、後付の理由などいくらでも考えられます。特に末期医療の現場では、まったくミスがなくても患者が死亡することはあります。
 そして訴訟の場で、別の方法があったのではないか、ということでそちらを選ばなかった「医療ミス」が作られます。それを判断する裁判官はもちろん医療の素人か、あるいは素人ではなくても本職の医師とは比べ物にならないほど医学知識も足りてないわけで、ほとんど心象のみの判決となります。最善の治療をしていても有罪となり、人生を棒に振る医師が多いということです。


 こうなると医師は、医療訴訟に遭いそうな分野から逃げ出すことになります。末期患者を扱う場所や救急医療、産科、小児科などです。それらの治療を請け負った瞬間、何の落ち度もなくても瞬時に人生を転落させられるリスクを負うわけで、請け負いたくないのも当然です。実際、これらの分野の医師は急激に減少しているそうです。もともといた人が辞めていくわけで、もちろん新たな成り手もいません。少ないのですらなく、ゼロという地域も珍しくないそうです。


 最近、JBMという言葉があるそうです。もともとあった、EBMという言葉をもじったものです。
 EBMとは、Evidence-based Medicineの略で、医学的な根拠を伴った治療のことです。カンや経験に頼った治療ではなく、科学的な裏づけがある治療を行いましょうということです。
 そしてJBMですが、Judgement based Medicineの略です。医療訴訟によって出来た判例に基づいた治療のことです。ここでは医学的根拠や、ましてカンも経験も関係ありません。最善の治療法であろうが、訴訟でダメが出た治療は行わない、判例に則った治療行為を行うということです。
 簡単に言うと(医療には素人同然の)裁判官が決めた治療行為のことで、これを行うと確実に患者は助からない(助かる可能性が極端に低い)ものも含まれます。しかし、判例でダメが出た治療行為は、後日訴訟を起こされるとほとんど確実に敗訴を食らいますから、事実上行えないのです。
 JBMは2ちゃんねるあたりの造語らしいのですが、ネットをやる医師にはすでにかなりいきわたった言葉であるらしく、防衛的医療としてこういうことを行わざるを得ないかもしれないというところまで話が進んでいるようです。


 医療訴訟の場で、必ず医師が正しいわけでもありませんが、少なくとも報道だけを見て判断することは医療崩壊を進めるだけなようです。すでに医療崩壊確実といわれる地域もあり、重要性が非常に高い問題です。


koume