【東京新聞】2006/06/18

「本当の日本酒」の魅力を伝えるため、東京・神田小川町の酒店が、神田和泉屋学園という“酒の学校”を開いている。レベル別に中学から大学まであるが、来春で創立二十周年のアルコール中学校、略して「アル中」の卒業生は千五百人以上。酒店の代表取締役で校長を務める横田達之さん(66)の授業は、神田っ子口調が小気味よく、奥が深い。生徒たちは、校長の“日本酒哲学”に酔うこともしばしばだ。

「今日は純米酒の味を知ってください」。横田さんが「アル中」の授業で呼びかけた。テーブルには、銘柄を伏せた一升瓶四本が並ぶ。生徒たちが四種の味見を終えたころ、横田さんは「のどの奥にツンと酸味が残るのが分かりますか」と質問。一斉にうなずく生徒たちに「これが純米酒の特徴です」。

さらに実験は続く。「酸味が一番強いと思った酒に、はしに付けた少量の焼酎を混ぜてみてください」。生徒から「あーっ」と小さな感嘆の声が漏れる。「酸味が消えるのが分かりますか。これが純米酒以外の製造工程で行われるアルコール添加です」

実験後、横田さんは“哲学”を披露する。「純米酒はどうしても酸味が出る。日本人は純粋好きですぐに混ぜ物は悪いと言うが、醸造用アルコールの添加で味がまろやかになることは多い。『アルコール添加は悪ではない』ということを知ってほしい」と力説した。


アルコール添加っつうことは吟醸酒のことですね。

■来春創立20周年
「アル中」が開校したのは一九八七年四月。翌年には横田さんがより詳しい授業をする高校が、二〇〇一年に元国税局鑑定官室長が教える大学もできた。高校卒業生の同窓会もあり、酒蔵訪問や利き酒大会を催すほか、六年ほど前から酒蔵に泊まり込み、オリジナル清酒「自画自賛」を造っている。

中学は十三人の学級が二つあり、毎年四月と十月に開講。月一回で計五回の授業がある。三十、四十代の勤め帰りの男女が中心で、最近は女性が増えてきたという。二十五歳で父親から店を継いだ横田さんは、地酒などという言葉が普及していない時代から無名の酒に注目し、「本当の日本酒」を探し歩いた。そんな横田さんに「酒の説明を詳しく聞きたい」と酒店の客が要望し、学校が始まったという。

横田さんの「本当の日本酒」探しのきっかけは、三十年ほど前にさかのぼる。全国の地酒を店頭に並べた際、売れ残った酒の味見をして驚いた。同じ蔵の同じ酒でも一本として同じ味がなかった。それから、横田さんは新酒の鑑評会に毎年通い、千品ほどの酒を利いては一つ一つコメントを書き続けた。

三、四年たつと、毎年同じコメントになる蔵がいくつかあるのに気づいた。同じ酒を造り続ける蔵には酒造りの哲学があるに違いないと考えた横田さんは、冬と夏の年二回、それらの蔵を訪ね歩き、職人らから「本当の酒」を教わった。この経験が授業にも生かされている。十六年前には、酒を選ぶ目を見込まれ、日本航空からファーストクラスの乗客に提供する日本酒のメニュー作りも依頼された。

開講中の「アル中」に参加する会社顧問男性(61)は「酒は好きでただ飲むだけだったが、ここへ来て味やにおいを気にして飲むようになった。校長の話は面白く、引き込まれていく感じ。いい所を教えてもらい感謝している」と話す。会社員女性(31)は「授業を受けると、お酒は本当に奥が深いと思う。実験も面白い。前回は、瓶をドンと机の上に置いてから飲み、衝撃で酒の味が変わることがよく分かった」。

焼酎ブームに押されていても、横田さんは日本酒の復権を信じる。「蒸留酒はアルコール度数が高く、酔うとより神様に近づけるのだろうが、思考が暗くなる。醸造酒は度数は低いが、酔うと明るく楽しくなる酒。日本人はやっぱり日本酒の酔い方が一番合っている

中学、高校の授業が終わると、千葉県内の酒蔵などで一泊二日の修学旅行がある。そこで生徒は平均五合の酒を飲むそうだ。「でも、翌朝、全員朝食をしっかり食べるんだよ」と横田さん。「本当の酒っていうのは、残らないんだ」

問い合わせは「神田和泉屋」=電03(3294)0201=へ。


「本当の酒」っていうか、「本物の日本酒」ですね。日本酒の定義は、米と米麹だけの純米酒から、糖類やアルコールを添加した普通酒まで、広すぎる。上原氏 のおっしゃるように本来は純米酒だけを日本酒にすべきなんだろうけど、そこまでは無理でもせめて「日本酒とは純米酒と吟醸酒だけ」にして欲しい。

よく日本酒を飲むと悪酔いして翌日は気持ち悪いから飲まないし嫌い、と言う人たちがいますが、それは安い本醸造か普通酒を飲んだからでしょうね。糖類や過多のアルコールなどを添加していないお酒なら翌日もすっきり爽快デスヨ!・・・・と菊姫の山廃吟醸を飲みながら書いてます。