先日、suzuさんから米に関する質問を受けました。
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「例えば同じコシヒカリならどこの産地でも同じ味になるようにすべきか、地域や農家によって違うような味にすべきか、日本はどっちの方に進んでる?」
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質問を受けた直後は、「たぶんだけど、日本の農政にはそういう哲学は無いと思うよ。個人的には、地域による特色は必要だし、無くそうとしても無くならないと思う」と簡単に答えましたが、もう少し考詳しく考えて見ます。
とりあえず前提として、制度上のお話ですが、地域の差は品質の差以上に品種の差として現れています。
米の場合、日本国内では、各県ごとに登録品種と言うものが決まっています。フランスワインでいうAOCに似て、例えばボルドーでピノ・ノワールを作っても「ピノ・ノワールを使ったワイン」と言う表示が出来ないのと同じく、例えば北海道でコシヒカリを生産してもそれをコシヒカリと表示して売ることは出来ません。北海道ではコシヒカリは登録品種になっていないからです。逆に北海道では作られている「きらら397」は石川県では表示できません。
品種を登録する理由は、その地域の気候が栽培の際の品種特性と合うか合わないかと言うことが考慮されているからです。東北や北海道では年間の日照時間が少なかったり春~夏でも気温が上がらなかったりするので、そういう場所でも作れるような早稲品種が開発され登録されていますし、南の方で早稲を作ると逆に早く育ちすぎるのでそういうものは避けたりするわけです。冷害に強いかどうかも重要です。
まあコシヒカリはものすごく広い地域で登録されている品種で、青森から北では作れないもののその手前までは大丈夫ですし南は沖縄や種子島でもOKです。ただし同じコシヒカリでも、北の方で作る場合と南でのそれとは全然違い、南でのコシヒカリは早稲品種と化します。
脱線しましたが、質問に戻ると「日本はどっちの方へ進んでる?」というのが農政としての戦略の上で、と言う意味ならば最初に答えたようにそんな方針のようなものは無いと思うし、むしろ農政がそんな事を規定してはいけないと思います。農家がどういうものを作るかは各農家が自己責任で決めるべきだからです。JAやなんかの技術指導員が持っている教科書的な技術マニュアルは、均質的な米を作る方向に向いているかもしれません。
これが、制度上の話ではなくて各農家の実際の動きとしてはどうなっているか?と言うことならば、各農家はその土地その土地の特性に合わせた生産をする以外にないのですから、いやおう無く土地の特性を反映した生産になります。
質問の答えとしては、どのようにすべきかというより、このようになっていると言うべきでしょうか。それぞれの地域の特性については、農家個人が様々に変更できるファクターではありませんから、進めるとかではなく勝手にこうなっているに過ぎません。
ところで米の生産にはやっぱり高地で寒暖差がある所がいいようで、最近では山形県とかですごい米ができています。ただ、だからといって私が山形に移住するわけにもいかないので、こっちはこっちで出来るだけいいものを作るだけという話です。新潟や山形じゃないと美味い米ができないかというともちろんそうではなく、もちろん工夫によってですが、山梨や島根、宮崎などでも驚嘆すべき米を作っている農家はいます。
カリフォルニアのジョシュ・ジェンセンは、気象衛星を使ってロマネ・コンティの畑と似た条件の畑を探し、やはりロマネ・コンティの物と同じピノ・ノワールの樹を植え(実際に畑から盗んできたと噂されている)、ロマネ・コンティに近づく努力に邁進した結果、今ではカレラ・ジェンセンは最もロマネ・コンティに近いワインといわれているそうですが、それはそれで偉大ですが、しかしロマネだけが素晴らしいワインというわけではありません。近年ではボルドーにおいて、果汁成分を圧縮できる最新の醸造技術と、濃厚でインパクトのあるワインが主にロバート・パーカーの批評スタイルに引っかかりやすいという事によって、多数のワインが同じスタイルを目指すようになってきて、ワイン全体がつまらなくなったという批判があります。米の場合は、農家全体が流れるトレンドというものがおそらく存在しませんから、そういう事態にはならないのではないでしょうか。
なんだかよくわからん内容だなあ。すごく単純なことをえらくめんどくさく書いてる気がする
koume
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