李 学仁, 王欣太
蒼天航路 (1)  全36巻

 一部の三国志ファンが、例えば平凡社の立間祥介訳「三国志」を読むと、「これって違う、史実じゃない」と怒るそうです。というのは、一部の人は「三国志のオープニングは、劉備が茶を買うために船を待つシーンから始まる」と思ってるそうなのです。
 それって吉川英治の「三国志」の創作であって、もとの三国志には全然無いお話なんですよね。しかし日本では吉川三国志が最もメジャーで、しかもメジャー度ということではもう一方の雄・横山光輝のマンガ版「三国志」もこれは吉川版のほぼ忠実な再現ですから、ますます誤解が増えるというわけです。面白いんですけどね。(関係ないけど故・横山光輝の歴史マンガは面白いが、歴史への忠実さでいうと眉に相当よだれをつけて読んだ方がいい)


 さて、ではちゃんとした訳書の「三国志」を読めばそれが史実なのか、というとそうではなくて、もちろん三国志のことを少しでも知っている人には常識ですが、これらは全て「三国演義」という、お話なのですね。 後の世の講談師(噺家みたいなヤツか)が世間の人に面白おかしく話した物語を、小説風にまとめたものなわけです。
 もちろん全てが作り話ではないにせよ、物語を盛り上げるための脚色や追加エピソードなども相当入っているものです。例えば関羽の配下に水練達者の周倉という武将がいますが、彼は架空の人物なんですよね。実は周倉が初登場する、関羽の五関突破だって史実には無かった話だという。


 そして実際・史実の三国志はどれなのかというと、陳寿という人が書いた「三国志」があるわけです。こちらは、「演義」と区別されて「正史」と呼ばれます。「魏志」「蜀志」「呉志」ほかたくさんに分類・編纂されたものが残っています。ちなみに、小学校で誰でも習ったあの「魏志倭人伝」も三国志の一部だったりします。


 「蒼天航路」は、三国志の正史をベースにして描かれたマンガで、今後「傑作」として伝えられてもいいマンガでしょう。


 正史をベースに、といってもその史実性に重点があるわけではなく、演義にしか登場しない人物も出てきます。いわば両者のうまいとこ取りで、しかし演義での創作と思われる部分はばっさりカットあるいは改変(赤壁のあたりが象徴的)されて、新しい解釈の三国志が展開されます。


 しかし蒼天航路の魅力は歴史やその物語ではなく、人物そのものを描いている点においてだと思います。よくある「三国志もの」の本やマンガなどは、「三国演義」という壮大で膨大な前例があるため、人物の描写に関してはある意味で「薄っぺらい」物ばかりでした。人物はみな歴史上の駒というか浮世離れしているというか、もとの「三国演義」から一歩も出るものではなく、いつも「人徳の劉備」「暴れん坊の張飛」「冷徹な曹操」を見続けさせられたわけです。
 蒼天航路の人物は、まさに生きている人間という感じがします。それぞれの英雄たちは一般庶民とはかけ離れた、遥かに特別な存在でありながら、それでもほかの三国志ものには無いリアリティを感じます。


 去年完結して、つい先日最終の単行本(36巻)が発売されたばかりなのですが、何故か文庫版もやたらに早く刊行されていて16巻(マンガ版32巻までカバー)まで出ています。両方売れているんでしょうか。
 話の内容が内容だけに女武将などは出てこないのですが(そういえばよその三国志のマンガや企画ものでは、やたら女性の武人が出るな・・・馬超の妹とか)、それでも美味しい場面で美味しい役割を持つ色っぽい女性もたくさん登場します。


 話の筋というか、全体的には、普通の三国演義を読んでいたほうが分かりがいいのですが(蒼天の場合、物語が突如飛んだり、場面がいきなり変わったりするし)、知らなくても読めるし、知ってても物足りないということはまったくありません。私はいまさら、三国演義をモチーフにした本などは読む気にはならないのですが(どうせ内容知ってるし、という思いが動く)、蒼天航路は本当に面白かった。オススメです。


koume