トルコ旅行3日目、出発は朝8時、外はまだほぼ暗いんですよ。
最初に着いたのは、革製品の工場直営店です、またショップかぁ。


ここではショー仕立てでいくつかジャケットを見せてくれまして、ツアーの若者2人もモデルとなって舞台へ、良い思い出になったでしょうニコニコ


ショップの人がみんな流暢に日本語を話すのが笑えます、よほど御用達なんですね~。

もちろん商売上の理由もあるでしょうが、基本的にトルコは親日的な方が多いです、アンカラ大学には日本学科があるそうですし。
これには大きな理由があって、以下AIによる概要。
「1980年(明治23年)9月16日、和歌山県串本町の大島樫野崎沖で、親善訪日帰りのオスマン帝国軍艦「エルトゥールル号」が台風により遭難・沈没。犠牲者587名に対し、地元島民の献身的な救助により69名が奇跡的に生還。この美談が日本とトルコの友好の礎となりました。」
現在串本市は、トルコ南部の海辺にあるメルシン市と姉妹都市になっており、両方の街にこの事故の記念碑があるそうです。

(エフェソス遺跡の入り口付近・以下遺跡の写真)


たまたまですが、今回ガイドをしてくださったメメットさんは、このメルシン市のご出身で、子どもの頃から日常的に記念碑に足を運んでいたとか。


それで、アンカラ大学で日本語を学び、ガイドになったのだそうです。

(水道管)

 

メメットさんによると、エルトゥールル号の乗組員が帰国したあとも、遺族のために新聞紙上で義捐金を呼びかけるなど貢献した山田寅次郎氏は、義捐金を携えてオスマン帝国に渡り、長期間滞在して両国のために活躍されたそうですキラキラ


トルコ共和国の初代大統領となったアタチュルク(ムスタファ・ケマル氏)も、この山田氏から直接日本語を教わった学生の1人なんですって。


親日的な空気は今回の旅行で何度も肌で感じました、ごく一般の方もとても親切でしたし「ありがとう」って日本語で言うと、すごく喜んでくださいましたドキドキ

(小音楽堂)


観光地で会った若い女の子に一緒に写真を撮って下さい、なんて言われたツアー仲間もいました。


こういうのって、本当に嬉しいことです、仲良くしようって思ってくれる国とは、ごく自然に友好的になれますよねウインク

さてさて、またしばらく走り、『エフェソス(エフェスとの表示もありますが、ガイドさんはこう言っていたので)』という古代遺跡へ、上から写真を載せてきましたが、これはまたものすごい遺跡ですびっくり


掘ればどんどん遺跡が出てくるそうですから、まだまだ埋まっているんでしょうね。

……大変貴重なものだと思いますキラキラ

(女神NIKE、「ナイキ」ってこの女神から取ったことを初めて知りました……)


世界的に見ても大規模なこの世界遺産は、東西交易の集積港として栄えた都市とのことですが、スケールが大きすぎて聞いた情報がちゃんと頭に入ってきません~あせる

(丘の上の邸宅)

(ハドリアヌス神殿)


多くの神殿や邸宅、祭壇などのほかに、浴場や公衆トイレなどの生活施設などもしっかり残っています。

(トイレ、でも男性用ですって)


また、大規模な図書館の向かい側が娼館だったりして、面白いですね。

(ケルススの図書館)

 


アレキサンダー大王やクレオパトラ、シーザーもこの道を歩いたんですってラブラブ


そして、ものすごく見応え十分なのに、やっぱりそこら辺中にがいます……。

(この子はヘルメスの掘られた柱の上がお気に入り)

 


ここでは犬も何匹か見かけましたが、犬はタグ付きだったので管理されているようです。


日本だったら、貴重な古代遺跡にわんにゃん放し飼いはまずないだろうけれど……かわいいからノープロブレムグッド!


そうそう、ダンナは前日から胃腸の調子を崩してしまい、お腹が痛くて早く歩けず、ツアーの皆さんから遅れ気味でまたしても迷惑模様……滝汗

(2万4千人収容の大劇場)


出口付近のザクロジュースが美味しかったです、トルコではザクロをよく食べるみたいですね。

(ザクロはお兄さんの家で栽培していて新鮮)


(続く)