長文になりますが、
最後までお読みいただけましたら幸いです。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
【ザ・ベンチャーズ】
ザ・ベンチャーズは、
アメリカ合衆国出身の
インストゥルメンタル・ロックバンドです。
ノーキーさん、ボブさん、メルさん、ドンさん
が、最高で最強のメンバーです!
《初期の旧メンバー》
左から
・ノー キー・エドワーズ
・ボブ・ボーグル
・メル・テイラー (3代目ドラマー)
・ドン・ウィルソン (リーダー)
1959年、ワシントン州にて、
ドン・ウィルソンとボブ・ボーグル
により結成され、当初の演奏スタイルは、
リードギターとリズムギターを、
曲によって交代する ギターデュオ で、
ドラム、ベース などはいませんでした。
後に、ドラム、ベースが加わり、
1960年代から1970年代初頭にかけて、
ザ・ベンチャーズは実績を残し、
38枚のアルバムと14枚のシングルが、
ビルボードホット100にランクインしました。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
【イギリスの王者:ザ・ビートルズ】
「歌と作詞作曲」の革命
それまで他人が作った歌を歌うのが
主流だった時代に、自分たちで曲を書き、
美しいボーカルハーモニーで
世界を魅了しました。
文化そのものを変え、
髪型 (マッシュルームカット) からファッション、
若者の思想にまで影響を与え、
音楽を「芸術」の域へと高めました。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
【アメリカの王者:ザ・ベンチャーズ 】
「楽器 (エレキギター)」の革命
歌のない「インストゥルメンタル」 (器楽)
というジャンルで、エレキギターの
無限の可能性を世界に証明しました。
誰もが楽器を持つきっかけになりました。
彼らのシンプルなリフと、
弾けるようなサウンドは、
世界中の若者に、
「自分もエレキギターを弾いて
バンドを組んでみたい!」
と思わせる強い衝動を与えました。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
【ビンが勝手に選びましたー!】
『ザ・ベンチャーズ ベスト5』
本来、
アーティストさんや楽曲に対して、
順位をつけることは、
大変に非常識で失礼な事です..........
申し訳ございません。
<(__ __)>
あえて..........
「印象が深かったもの」、ベスト5 の発表です!
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
第5位 「ワイプ・アウト」
『ザ・ベンチャーズ結成30周年記念ライブ』
(1985年) の一幕です。
用語のタイトル『ワイプ・アウト』
(サーフィンで、波から激しく落ちて、
ボードがクラッシュすること)
この曲のイントロで、
「魔女のような、奇怪で不氣味な高笑い」....。
実はこれも、
原曲の雰囲氣を忠実に再現したものです!
ザ・ベンチャーズの黄金期ドラマーである
メル・テイラーさんと、もう一人、
隣でパワフルなドラムバトルを繰り広げている
スペシャルゲストは、アメリカの著名なドラマー、
マックス・ワインバーグさんです。
アメリカを代表する 2大パワフルドラマーが
並んで叩き合う姿は、この 30周年記念ステージ
の中でも屈指の名シーンとなっています。
「ワイプ・アウト」の用語のイメージは、
この様な感じだったみたいですよ~!
『ワイプ・アウト』の原曲は、
カリフォルニア出身の10代の少年たちによって
結成されたインストゥルメンタル・ロックバンド、
ザ・サファリーズ(The Surfaris)
が 1962年にレコーディングし、
1963年に発表した楽曲です。
彼らが高校生の頃に作ったこの原曲は、
アメリカのビルボードチャートで
最高 2位を記録する世界的な大ヒットとなり、
サーフ・ロックというジャンルを代表する
伝説のナンバーとなりました。
ベンチャーズは、
このサファリーズの原曲が持つ
「勢い」や「激しいドラムソロ」
の魅力をいち早く取り入れ、
自分たちの得意とする、
ソリッドなエレキサウンドへと、
見事にアレンジしてカバーしたのです。
1960年代のサーフ・ブームを牽引した
サファリーズの若き衝動が、
のちに、
ベンチャーズの結成30周年ステージで、
メル・テイラーとマックス・ワインバーグ
という 2大巨頭による最高峰の、
ドラムバトルへと受け継がれていったと思うと、
音楽の絆の深さを感じます。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
第4位 「アパッチ」
ザ・ベンチャーズのメンバーに挟まれて、
中央でリードギターを弾いているスペシャルゲストは、
イギリス出身の伝説的なロック・ギタリスト、
ピーター・フランプトンさんです。
この曲『アパッチ』はもともと、
イギリスのバンド「ザ・シャドウズ」
の演奏で世界的に有名になった楽曲です。
そのため、
イギリス代表のギターヒーローである
ピーター・フランプトンさんが、
アメリカを代表するベンチャーズの
30周年を祝うためにステージに立ち、
この曲のメインメロディを叙情的に、
かつ エネルギッシュに弾き上げる演出は、
音楽ファンを非常に熱くさせました。
今の時代の感覚から見ると、
演奏中に堂々とタバコを吸う姿は、
とても強烈なインパクト (衝撃) がありました!
この『アパッチ』という曲は、
アメリカ先住民や西部の荒野を
イメージして作られた、
哀愁漂うドラマチックなインスト曲です。
完璧なリズムで重低音を刻む姿は、
まるで西部劇に登場するアウトローの、
ガンマンのような雰囲氣を醸し出しており、
この曲の世界観をさらに引き立てる、
伝説的なパフォーマンスとなりました。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
第3位 「テルスター」
この映像も、ザ・ベンチャーズの、
結成30周年を記念したステージです。
左から2番目にいるギタリストは、
イギリス出身の伝説的なギタリスト、
クリス・スペディングさんで、
このステージのスペシャルゲストでした。
『テルスター』の原曲は、
イギリスの「ザ・トルネイドース」
というバンドの曲でした。
そのため、
アメリカのバンドであるベンチャーズが
この曲を演奏するにあたり、
イギリスのロック界を代表する、
名ギタリストであるクリスさんをゲストに迎え、
お互いのリスペクトを込めた、
最高にゴージャスな共演が実現したのです。
曲名は、
1962年 7月10日にアメリカで打ち上げられた、
世界初の民間の能動型通信衛星
「テルスター1号」にちなんでいます。
当時は、
世界中で宇宙開発競争が激化しており、
人々が未来や宇宙に大きな夢を抱いていた
「スペース・エイジ」の真っ只中でした。
この曲は、
その時代の空氣感を完璧に捉えていました。
曲の冒頭と最後には、
ロケットの打ち上げや宇宙空間を思わせる
「シュワ シュワ」「ピコ ピコ」
とした効果音が入っています。
これは、
スタジオのトイレの水を流す音を加工したり、
様々な電氣ノイズを重ねてテープを、
逆再生したりして作られたと言われています。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
第2位 「急がば廻れ」
(ウォーク・ドント・ラン)
メインギターのノーキーさんは、
ベンチャーズの「テケ テケ テケ テケ・・・」
という お馴染みのサウンドや、
数々の名曲のメロディを形作った、
初代・黄金期のリードギタリストです。
ノーキーさんは、
通常のピックを指で持つ場面と、
親指に「サムピック」という
爪のようなピックをはめ、
残りの人差し指や中指で直接弦を弾く
「カントリー・スタイル」
で演奏する場面がございます。
これにより、
ベース音を親指で刻みながら、
同時に高音部で速いメロディを弾くという、
まるで1人で2台のギターを弾いているような
演奏を平然とこなしました。
この歴史的なロック・インスト曲
「ウォーク・ドント・ラン」(急がば廻れ)
の原曲は、伝説的なジャズギタリストの
ジョニー・スミス氏が、
1954年に 作曲・録音したジャズ・ナンバーでした。
ベンチャーズのドライブ感のある、
ロックサウンドとはまったく異なり、
原曲はとてもクールで、
お洒落で、どこか哀愁を帯びた
「大人のジャズ・ギター曲」
として作られています。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
第1位 「パーフィディア」
この映像も同じく、
1985年に ニューヨークで録音された、
ザ・ベンチャーズの結成30周年記念
スーパーセッションの模様です。
左から 2番目にいるギタリストは、
伝説的なロックバンド
「ザ・ドアーズ」のギタリスト、
アメリカ合衆国 ロサンゼルス出身の
ロビー・クリーガーさんで、
このステージのスペシャルゲストでした。
『ペルフィディア』(パーフィディア)
のルーツは、この曲も
ベンチャーズのオリジナルではなく、
もともとは、1930年代に
メキシコの作曲家 アルベルト・ドミンゲス
が作った ラテン音楽 (ボレロ) の名曲です。
ベンチャーズの、
軽快なエレキギターのイメージが強いですが、
実は生まれた背景にはラテン音楽の
深い哀愁が流れています。
タイトル
『ペルフィディア』(パーフィディア)
に込められた意味は、
ラテン語やスペイン語で「Perfidia」とは、
「裏切り」や「不実」(誠実でないこと)
という意味を持っています。
「君は僕の心を裏切り、
他の誰かの腕の中に去っていった。
だけど僕は、今でも君を愛することを
止められないんだ.......」
このメキシコ生まれの 美しいメロディは、
発表されるやいなや、アメリカや
ヨーロッパの音楽家たちの目 (耳) に留まり、
ジャンルを越えて大ヒットを記録しました。
メキシコの 切ない恋の歌が、
アメリカでジャズになり、
やがて 世界中を熱狂させる
エレキロックの定番曲へ....
そして1985年の30周年ライブでは、
再びその「ラテンのルーツ」を思わせる
エキゾチックな輝きを取り戻したのです。
一つのメロディが時代や国境、
ジャンルを越えて旅をしていく音楽の歴史は、
本当にロマンがあって素晴らしいですね。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
【ベスト5以外のおすすめ楽曲】
「ダイアモンド・ヘッド」(オリジナル作曲)
「10番街の殺人」
「パイプライン」
「キャラバン」
「クルーエル・シー」
「レッツ・ゴー」
「ハワイ・ファイブ・オー」
「朝日のあたる家」
「京都の恋」(オリジナル作曲)
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
ザ・ベンチャーズは、
長い活動の中で何度もメンバーが
入れ替わりながらも、半世紀以上にわたって
世界中のファンを魅了し続けてきました。
その歴史を振り返ると、
メンバーさん それぞれに、
音楽と日本との深い関わりもありました。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
【ベンチャーズ歌謡】
《おまけ動画です》
ベンチャーズの本当に凄いところは、
日本のファンのために
自ら日本語のポップス (歌謡曲) を作曲し、
それが、ことごとくヒットしたことです。
彼らが作ったメロディに、
日本語の歌詞を乗せた楽曲は、
「ベンチャーズ歌謡」と呼ばれ、
日本の音楽界のゴールドスタンダード
となりました。
『京都の恋』(渚ゆう子)
『京都慕情』(渚ゆう子)
『雨の御堂筋』(欧陽菲菲)
『二人の銀座』(和泉雅子・山内賢)
『北国の青い空』(奥村チヨ・渚ゆう子)
00:00 北国の青い空 奥村チヨ&ベンチャーズ (生演奏)
03:20 北国の青い空 渚ゆう子
「奥村チヨ&ベンチャーズ (生演奏)」
のドラマーは、メル・テイラーさんの
実の息子の、リオン・テイラーさんです。
お父さんである メル・テイラーさんは、
1996年に急逝されましたが、
その直後から息子のリオンさんが
ドラムを引き継ぎました。
激しく力強いドラミングのDNAは、
しっかりと息子へ受け継がれ、
長年にわたり新生ベンチャーズの、
屋台骨としてバンドを支え続けました。
『名古屋特急』(アン・ルイス )
更に、
まだまだ ございます。
『長崎慕情』 (渚ゆう子)
『北国の別れ』 (三枝マモル)
『恋の湖』 (桐山和子))
『雨降る雨降る港町』 (桐山和子)
『回転木馬』 (牧葉ユミ)
『明日へ走る』 (里見洋と一番星)
『マジック・ナイト』 (李朱朗)
『そよ風の世界』 (須藤とし子)
『夏の海より好きよ』 (オリーブ)
『共犯者』 (玲奈)
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
【5人編成の時代に】
それまで、
エレキギター2本とベース、ドラム、
という 4人編成(カルテット)
だったベンチャーズが、
1969年に初の公式キーボード奏者として、
ジョン・ダリルさんが加わったことで、
バンドの音に これまでにない厚みと、
美しい歌心が生まれました。
この「5人編成」の時代に、
日本の叙情的なメロディに
インスパイアされて一氣に
書き上げられたのが、
一連の「ベンチャーズ歌謡」
の最高傑作たちです。
海外のロックバンドが、
これほど日本の「叙情」や「和」の心、
歌心を理解し、日本人の心に染み渡る
メロディを生み出したことは、
音楽史上類を見ない快挙です。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
【日本のメロディー】
ザ・ベンチャーズによる
日本の歌謡曲カバー集もリリース!
71年、日本盤です。
SIDE1
1. 京都の恋
2.北国の青い空
3.ブルー・シャトー
4.夜明けのスキャット
5.小指の想い出
6.上を向いて歩こう
7.銀色の道
SIDE2
1. 京都慕情
2.二人の銀座
3.禁じられた恋
4.別れた人と
5.霧のかなたに
6.時には母のない子のように
7.君といつまでも
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
【通算「3000回」を超える日本各地の公演】
彼らは、1962年の初来日以来、
毎年 (時には年に2回も) 日本を訪れ、
大都市だけでなく
地方の小さな市民会館まで、
日本全国 津々浦々を回って
コンサートを行いました。
その日本公演の回数は、
通算 3000回 を超えており、
海外アーティストとしては
ダントツの世界記録です。
日本への多大な貢献が認められ、
2004年には「旭日小綬章」
(きょくじつしょうじゅしょう)
という国からの勲章を、
外国人音楽家として初めて授与されました。
リーダーの
ドン・ウィルソンさんは、
「僕たちにとって日本は第二の故郷であり、
日本のファンは世界一だ」
と何度も語っていました。
若者たちの心を掴み、やがて国から
勲章を贈られるまでになった
ザ・ベンチャーズ。
彼らが日本の地で
かき鳴らしたエレキギターの音は、
今の日本の音楽文化の土台を支える、
大切な宝物となっております。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
●メル・テイラー
ドラマーとして活躍。
1996年の日本公演中に体調が悪化し、
検査の結果、肺がんが判明しました。
急きょアメリカへ帰国しましたが、
帰国からわずか10日後、62歳で逝去されました。
●ボブ・ボーグル
ベースを担当。
12年におよぶ
非ホジキンリンパ腫との闘病の末、
2009年 6月、75歳で逝去されました。
●ノーキー・エドワーズ
ギタリストの一人。
直立不動の姿勢で、
いつも正確なメロディーを奏でていました。
凛とした佇まいの中にも、
いつも優しく穏やかな まなざしがあり、
そのお姿が今でも心に残っています。
2018年 3月、
前年に受けた 臀部 (お尻) の手術後に起きた
感染症の合併症により、82歳で逝去されました。
●ドン・ウィルソン
ベンチャーズのオリジナルメンバーであり、
ギタリスト。リーダー。
長い活動の中で
バンドが何度もメンバーを変えていく中、
ドン・ウィルソンさんは長くその中心に
立ち続けました。
2015年に現役を引退するまで、
長年にわたりツアーを続け、
2022年 1月、88歳で逝去されました。
(ノω・、)
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
こうして振り返ってみますと、
ベンチャーズの歴史は、
単なる 一つのバンドの歴史ではなく、
メンバー、一人ひとりが音楽に情熱を注ぎ、
日本のファンとも長い年月をかけて
絆を築いてきた歴史でもあるのだと感じました。
メンバーが世代交代しても、
彼らが残してくれた音楽は、
今もなお 多くの人々の心に響き続けています。
そして、
あの懐かしいエレキギターのサウンドを聴くと、
日本の夏や海、青春時代の思い出まで、
鮮やかによみがえってくる....
のではないでしょうか......
素晴らしい作品を
ありがとうございました。
<(_ _ )>
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
次回もまた、何かの機会がございましたら
「勝手にベスト5」 を発表させていただきます。
あくまでも、順位を象徴するものではなく、
「印象深かった ベスト5」 を
お届けさせていただきます。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
本日も、
ご来訪いただきましてありがとうございます^^
朝夕には涼しい風が感じられ、
少しずつ秋の深まりを感じる頃となりました。
日中は まだ残暑が残る日もございますが、
空の色や風の涼やかさ、
虫の音などに、
季節の移ろいを感じます。
夏の疲れも出やすい時期ですので、
どうぞ ご無理をなさらず、
お身体を大切にお過ごしください。
秋の恵みに包まれ、
皆さまにとりまして、
健やかで実り多き日々となりますよう、
心よりお祈り申し上げます。
感謝の毎日です 今日も幸せです
奇跡の連続です 大好きです
(=@^_^=)












